2007年01月31日

「30歳成人式」

前から書こう書こうと思っていたんですけどね、これ。

ことの発端は、去年、SPA!で「30歳デビューなんとかかんとか」って特集をやったんですよ。そんとき色々取材したり考えたりしてやっぱりそうだと思ったんですけどね、成人式って30歳でやったほうがいいと思わんですか?

というのは、20歳のときって、何もわからんじゃないですか。社会に出たこともないのに「成人とは」とか言われてもまったくもってピンとこない。「社会人としての自覚」とか言われてもやったことないから意味がよくわかんない。

でも30歳になっていろいろ社会でもまれてから、なんか公民館とかでいい話聞けるんだったら行く人多いと思うなー。あと、送れるメッセージもすごく多いと思うんですよね。ちゃんと下地ができてるから。

僕が個人的に30歳の人に送るとしたら「チェーン店に行くなかれ」というメッセージを送りたいッスね。例えば昼飯を外で食べるときに、吉野家とかに安易に行くんでなく、そのへんのおばちゃんがやっている定食屋に行く。
みんなで酒飲もうってときも和民とかに行くんでなく、オヤジさんがやっているような居酒屋に行く。これだけでも、すごく人生が豊かになる気がするなぁ。なんか、いろんな人との出会いによって30歳から先の楽しさが決まってくるように思うからなぁ。そんでチェーン店が持つシステマチックな楽さから抜け出すことがそんな出会いをもたらしてくれる気がするんですよねー。

20代のときって、例えば旅行に行ったりするとあまり店員が出てこないようなホテルに泊まるのが好きだった。でも、今から考えると何でそんなところが好きだったのかよくわかんない。
なんかスタイリッシュなものに若いときは憧れるんだけど、せっかく旅行に行ったらその土地のおばさんがやっている民宿とかでその土地の魚とか食べてたほうが絶対にいいと思う。それは今はわかるんだけど、僕は20代のときはわかんなかったです。そんなことを30歳の成人式で言ってくれたらいいのになぁと思ったりすんですよね。

んでSPA!では、「30歳の人に言いたいやっておくべきことは何?」ってアンケートをとったんですが、いちばん多かったのは「一人で酒を飲みに行け」ってのでしたね。これはすごくわかりますね。

僕も30過ぎてから一人で酒を飲んだりもするようになったんですが、すごくいろんな出会いがあったりしてためになったなー。でも、やっぱ最初はハードル高いけど、こういうことにチャレンジすることが大切かと。こんな一見、意味のないことをやってみたらという提案もできるしね、成人式でね。

あと、この30歳成人式のことを考えて改めて思うのが、世間がもっている20代に対するイメージへの違和感なんですよね。というのは、世間的には20代というのは青春であって、人生でいちばん楽しい時期ってされてますよね。というか20歳を迎えたみんなはそう思うですよね。

でも、僕は絶対に違う気がするなー。

20代って社会人の一番ペーペーじゃないですか。だから一番しんどいんですよ。必死になんなきゃいけない時なんですよ、大変なんですよ。

んで、20代でそういう地道なことをコツコツやってたら30歳くらいからやっと余裕がちょっと出てきて楽しくなる。僕はまだ30代の真ん中なんでこれは予想ですが、たぶん40代になったらもっと楽しくなるんじゃないかなー。ま、僕は20代は大変でした(笑)。30代になってからのほうが全然楽しいですねー。

だから20歳の人たちは、「20代はシンドイもんだ。でもシンドイことやっといたら30代で楽しくなるよー」って言うべきなんじゃないかな。みんな成人式とかで晴れ着とか着て20代がいちばん楽しいって思っているから、会社入っても「こんなはずじゃなかった」って辞めちゃうんじゃないかなー(って僕もやめたんで、そんな偉そうなことはいえないんですけどね)。

つまり、まあ、20歳の成人式では「これから大変だけどガムシャラにやるしかないよ」としか言いようがない気がすんです。でも30歳の成人式では、心に留めておく処世術とか、その話でけっこう劇的に(とまではいかないにせよ)人生が変わるような話が聞けたりするんじゃないかなーって思うわけなんです。

ふー。ま、そんなわけで僕が言いたかったのは、「30歳の成人式」ってけっこういいんじゃないんですかねーみなさんってことなんですよ。ね。うん、やっぱいいな。ということで、そんなタイトルの本でも作れないか、酒でも飲みながら考えてみます。おやすみなさい。zzz

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2007年01月29日

『下山事件』など溜まった書評をー


下山.jpg●『下山事件』森達也 新潮文庫
戦後最大の謎とされる国鉄総裁轢死事件。いわゆる「下山事件」をテーマに森達也さんが書いたこの本。

事件の謎を解くカギを握る人物との出会いから物語が始まっていくのだが、この本は謎解きで帰結するわけじゃない。でも僕は好きだった。こんなスタンスが好きなのかなぁ。


要するに事実を暴くことは、僕にとっての最終的な目的ではない。知った事実を素材にして、そこから何を自分が感知するのかが重要なのだ。その思いを形にして、初めて下山事件は僕の中で実を結ぶ。


というわけで森さんは、この下山事件に関するルポを「僕」という一人称で週刊朝日で書いていったわけです。

この「僕」という一人称で物を書くというのは、なんとなく僕が意識していることと通じる部分があって、やっぱ森達也作品は好きです。

終盤に出てくるこの言葉が好きだったので書いておこっと。

 誰もが必死だった。誰もが懸命だった。その帰結として今がある。初代国鉄総裁の死を背景に、この国の繁栄があり、蹉跌があり、今の僕がいて、今のあなたがいる。
 大切なことは、過去に過剰に拘泥することではなく、現在をどんな角度から照射できるかということだ。ジグソーパズルは未完成だ。ピースの欠落は幾らでもある。でも僕は、その全体像をおぼろげながら掴んだつもりだ。


 歴史というものをなぜ学ぶのかということのワンピースがありますね。ここに。ね。

●『翳りゆく夏』赤井三尋 講談社文庫
書評をさぼってたので、まとめてずずっと。んで、これはいい。最近読んだなかでは抜群だねー。20年前の誘拐事件を新聞記者が追うという設定は普通だけど原稿と文章の展開がすごく上手。さすが乱歩賞。作者はラジオ局の人でラジオの話も上手に絡めてまさにお上手。オススメです。

●『月の扉』 石持浅海 光文社文庫
沖縄が舞台ということで衝動買いしたけど、んー。原稿上手でグイグイ読ませますけど、沖縄で皆既月食のときに何かが起きるということであんだけひっぱっておいてオチでガッカリ。最近、こういうミステリ多いなぁ。そんなオチのためにあんまり付き合わせあいでくれというのー。そんな本だったね。

●『4TEEN』石田衣良 新潮文庫
今更ながら年末に読んだ。石田さんがこういう若者を描くのとか多人数を描くのが上手いのはもうわかった。上手だけどこの人はもう卒業しよ。さよならー。

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2007年01月23日

まん延するニセ科学

まん延するニセ科学
http://www.youtube.com/watch?v=9LNRYsyWgEY

これ見ておいたほうがいいかも。
躾とか道徳の根拠を科学に求めてはいけないという主張は、みんなが心に留めておくべきことかと。

こういうNHKのいい番組はバンバンYou Tubeにアップすべきだなーやっぱ。こんなのNHKで昼間に一回だけ放送してても意味がない。何度も何度も見てもらってみんなで考えていかないと意味ないなー。

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2007年01月21日

「あるある」問題

「あるある大事典」の納豆問題に関して、関西テレビがお詫びを出しているんだけど、うっかりなんてレベルじゃなくて、完全な確信犯ですな。

テンプル大学アーサー・ショーツ教授の日本語訳コメントで、「日本の方々にとっても身近な食材で、DHEAを増やすことが可能です!」「体内のDHEAを増やす食材がありますよ。イソフラボンを含む食品です。なぜならイソフラボンは、DHEAの原料ですから!」 という発言したことになっておりますが、内容も含めてこのような発言はございませんでした。


特に、この「内容も含めてこのような発言はございませんでした」というのは、すごいね。もう完全に捏造だもん。

こうなった経緯には、当然、裏があると考えるのが普通。当たり前だけど、こういった捏造が今回だけの出来心で起こったとは、ちょっと考えにくい。あと、なぜこんなに納豆のことを持ち上げる捏造をする必要があったのかーーと立ち止まって考えると、なんとなくその裏にある物語があるようにも思えてくる。。。

ま、いずれにせよフジの報道で不二家叩きとかやっている人たちは、そんなことよりも自社のことを調べるべきかと。これ、今回の納豆だけを問題にして幕引きにさせちゃいかんと思いますよ。
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2007年01月18日

日本で唯一のコスタリカ料理!


ワンチョペ.jpgコスタリカの大英雄のワンチョペが加入したり、ジェフの阿部を獲ろうとして失敗したり、大好きだった宮沢がいなくなったりして、オフシーズンにもかかわらずFC東京のことが気になって気になっての僕です。

そんなわけで、サッカー雑誌やサッカーブログを読みまくっているんですが、今週の『サカダイ』のワンチョペインタビューはいいなぁ。なんか人間的にもいい人そうだ。あそ、ワンチョペがコスタリカ名産のコーヒー大使になるとか〜。いいね! ぜひ味スタであったかいコーヒー売って欲しい! とにかく味スタの売店はダメダメなので、美味しいコーヒー売って欲しい。 

そうそう、前から思ってたけど、FC東京のスポンサーに「いいちこ」になって欲しい。下町のナポレオンとかバックロゴに入ったらいいのになぁ。んで、焼酎のお湯割りとか飲みながらサッカーみたいです。

ま、そんなことはどうでもいいんだけど、日本で唯一のコスタリカ料理の店というのを発見!

これイイヨ! 暖簾に「うなぎ 天ぷら コスタリカ料理」って書かれてるんだよ! 絶対行くことにしました。

posted by okataco at 00:33| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月15日

僕の「出産」体験記 後編


胎盤の木.JPG前回の続き。今回は僕の出産体験記 後編です。

前編では、助産院に奥さんを残して、僕だけ蕎麦屋に行って帰ってきたとこまで書いたんでした。今回はそこからの続きです。

僕は、大福を買ってきたんで、「どうだー」って気分で部屋に戻ってきたんですよ。

「だいふくだぞー!」って感じです。「おはぎも買ったでよー!」て感じです。でも、トビラを開けたら、洗面所のところで奥さんがうずくまって「ううう……」って痛がっているんですよ。それもけっこう本気モードというか、かなり痛そう。

チャララー(汗)。こ、これは大変そうだと思ったですね。でかける前とは表情が全然違うんです。苦しそうなんですよ。

もう大福どころの騒ぎじゃないんです。「だ……だいふく……は……要らないね」と、部屋の隅っこにその包みを置いて、奥さんのところに近寄ったら、あら不思議、パタッと平気な顔になったんですよ。「あーお帰り〜」なんて言っちゃって。

そう。陣痛ってのは、なんか不思議なんですが、その痛みが来てないときは、けっこう平気モードなんですよ。なんでも、僕がいない間に出された夕食は、陣痛の痛みがひいているときにササっと全部平らげたようですから。

「時間かかるらしいから体力つけておこうと思って」なんて言ってましたねw

ま、そうなんですよね。この時点でたしか午後8時前だったと思うんです。初産の場合、けっこう長引くことが多くって、「これは、まあ、日は確実に越えて朝近くになるかもよ」なんて言われてたんですよ。だから、僕もまだまだ先だなぁと思っておったんです。

んで、ここから何をしていたかというと、ちょっと僕も活躍してたんですよ。

というのは、だんだん陣痛の感覚が短くなってきて、痛さも強くなってきていたんです。そんなとき助産婦さんが「痛がっている奥さんのお尻のところをギューって押してあげると楽になるんだよ」って教えてくれたんです。

なんか、その理屈はちょっと忘れてしまったですが、子どもが外に向かって押してくるから、それを逆に押し返すと痛みが軽くなるとか、そんな話だったような……。

ま、なんにしてもそうしてあげると奥さんも「たしかに楽だ」と言うので、がんばって押してましたよ、僕。「あっ! きたきたきた〜。うーん。痛い」ってなると、「よいしょ。よいしょ」って押すわけです。そして1分とか2分とかで陣痛が引くと、「やれやれ」ってお茶とか飲んで休んだりね。

ま、畳の部屋なんで、あまり緊張感というか、それほど切羽詰まった感じはしなかったです。助産婦さんたちも「まだまだね」みたいな感じで笑顔モードなんで、僕らもこの状況をがんばりますかって感じでね。

そんなまったりモードが急変したのが、午後10時くらいのことでした。

奥さんが「トイレに行ってくる」というので見送って部屋でボンヤリしてたらトイレのほうが慌しいんですよ。「あー!」「大丈夫ですよ」「パタパタパタ」「ガシャガシャ」とか、よくわからないことが起こっている雰囲気。

そしたら助産婦さんが部屋に入ってきて「破水したから、これから出産の準備しますよ」って部屋にビニールシートとか引き始めたんですよ。

「は、破水っすか!」

「破水」。なんとも男にとっては、とても大変なことが起こったということ以外よくわからない単語です。なんにしても否応ナシに緊張感が漂ってきたわけです。

んで、奥さんが助産婦さんにちょっと抱えられる感じで、部屋に入ってきたわけです。んで、2人の助産婦さんは忙しそうにいろんな準備を。奥さんは、時折くる陣痛に耐えたりこちらももちろん忙しいそう。

僕は、なんか「なにをしてれば……」という感じで、ポツネンと。しそうになったところで、「旦那さんは、ここに座ってくださいね」と、一人で座るソファみたいなところに座らされたんです。「そして奥さんは、旦那さんの腰に抱きつく感じにしてみてくださいね」ってことで、奥さんは膝をついて僕の腰に手を回した姿勢になったんです。

これこれ。これが「フリースタイル出産」というヤツなんですね。

病院の出産は仰向けになって分娩台で産むわけですよね。

って僕はもちろん見たわけじゃないけど、そうなわけですよね。このスタイルが、ここの先生をはじめとするフリースタイル出産を提唱している人が口をそろえて「不自然なんですよ」とおっしゃるわけです。

分娩台で出産すると、すごく腰が痛いらしいですね。もともと他の動物も含めて、仰向けで出産することはなかったのに、医者の都合(なのかな?)でああいうスタイルになっている。でも、自分が産みやすいスタイルで産めばいいんじゃなの?ってことですね。フリースタイル出産って。

んで、とりあえずうちの奥さんは、僕の腰にしがみつくスタイルで、いよいよ出産までの時間をスタートしたわけであります。

このときくらいからは、かなり痛そうでした。
でもですね、これが別に僕も見てられる感じがしたのが、とても不思議な感じだったんですよ。僕って、血とか見るのは嫌だし、戦争映画の拷問シーンとかも絶対に見たくない人だから、人が痛がっているのを見るのは本当に苦手なんですよ。

でもね。この出産ってのは違いますね。

痛そうなんだけど、なんか爽快というかなんというか。
近い表現を使うと、マラソンを走っている人の顔って辛そうだけど、なんかカッチョイイですよね。苦しそうだけど、見てられない感じはしませんよね。そんな感じですかね。痛いだけじゃない顔なんです。

だから僕も「ガンバレ。ガンバレ」って見てられました。

んで、合間、合間にフリースタイルだけあって姿勢を変えるんですよ。産む姿勢。

いろいろやった気がするんですが、いちばん覚えているのは、奥さんが立って、僕が後ろから両脇を持って支えてブラブラしてあげるんです。そすっと、赤ちゃんが下に降りてくるらしいんですわ。ブラブラーって。なんかちょっと面白かったです。

んで、午後11時を過ぎると、ますます緊迫感が漂ってきてですね。「あっ。赤ちゃんの頭が見えました」って助産院の人が言ってくれるんですよ。そんで「触ってみますか?」って奥さんに言ってくれて「あっ本当だ!」って感じでね、否応ナシにいよいよ感が高まっていくんです。

「あっ。また頭が出てきました。触ってみますか?」
「イタタタ……。いや、いいです?」

「あっ。また大きく見えてきましたよ。くどいですけど、触りますか?」
「いや……それどころじゃ……」なんて断っているのもちょっと面白かったです。

んで、そんなこんなで、いよいよ出産となったんですよ。

なんかその瞬間は突然きた感じでしたね。「がんばれー」って感じで見てたら、僕も頭がなんかボンヤリしてきてたんで「ほら。手をここにして」って助産院の人が言ったとき、「なんだなんだ」と思ったです。

「ああ。これかー」とボンヤリ思って、しばらくして「ついにきたかー!」って感じでしたね。というのは、ここの助産院は産まれてくる赤ちゃんを自分の手で受け取るんですよ。

要するに膝をついて立った状態で下に落ちてくる赤ちゃんを自分の手で受け止めるんです。

僕は、上から見てたんで、よくは見えなかったんですが、奥さんの手に子どもみたいなのが見えました。そして、受け取ったら「さあ、このまま後ろ向けに寝てごらん」って言われてるんで、そのまま赤ちゃんを胸に抱いて奥さんは横になったんですよー。

そのとき、ずっとお腹にいた子の全貌を見たわけです。素直に感動というか、嬉しかったですね。とにかく赤ちゃんがカワイイなぁと思ったのをよく覚えています。

あと、産まれた途端に「オギャー!」って泣くもんだと思ったけど、そうでもなかったですね。産まれたなぁと思ってしばらくして「フギャー」って感じでした。これもよく覚えています。んで、やったーとか、いろんな感情が入り混じっているときに、僕の大きな仕事がやってきたわけです。

それは、へその緒の切断であります。これは、前もって「切りますか?」と聞かれていて「ええ。まあ」って感じで、とりあえずYESと言っておいたんです。ちょっとおっかないなぁと思ってましたが、これはこれで楽しかったですよ。

へその緒って初めてみましたが、緑色でけっこう太いんですよ。ねじり鉢巻みたいな感じ。んで、へその緒を切るわけですが、この話をみんなにすると「素人が切って出べそになんないの?」ってみんな聞きます(笑)。

ワハハハ(笑)。なんないですよー。というのは、別にへその緒と体のギリギリのところを切るわけじゃないんですよ。お腹から20センチくらいのところかなぁ。そこを指さしてもらって「ここ切って」ってハサミを渡されるんです。んで、そこをジョキジョキと。なんか結婚式のケーキカットみたいな感じでしたね。んで、こうやって切ると、お腹にくっついた部分は、勝手に落っこちるわけなんですね。これで僕の大仕事無事終了。ほんとあっけなく終了しました。

それよりも驚いたのは、出産ってのは、赤ちゃんが産まれて終わりじゃないんですね。その後、胎盤が出てくるんですが、このときのほうが奥さんは痛がっているように見えました。それも出産のときとは全然違う感じ。「アタタタタ。イタイよ!」って感じでした。

んで、その産まれたあとの処置を奥さんがしてもらっている間に、僕はその赤ちゃんといっしょに部屋の隣にある計測室みたいなとこに行ったんですよ。

そこで、初めて明るいところで赤ちゃんを見て、また新たな気持ちになったですね。それは、この子が今までずっとお腹にいたんだなぁという当たり前のことをしみじみ感じたというとこでしょうか。んで、また嬉しかったのは、その明るいところで赤ん坊を見た助産師さんが「きれいな赤ちゃんですね」って言ってくれたんですよ。

「きれいですか。この子」
「ええ」
「ホントですか」
「ええ。きれいですよ」

産まれたばっかの赤ん坊を初めてみたんで、どっか悪いとこでもあるんじゃないとという不安がこの言葉で吹っ飛んで、すごく安心しました。あと、体重計に乗せたらピッタリ「2800g」だったんですよ。これも意味なく嬉しかったなぁ。

そして、体の長さとか色々測ってもらって、また部屋に赤ちゃんと戻ったら、奥さんの処置とか部屋の掃除とかも終わってて、「じゃあ寝ましょう」ってことに。

驚くべきことに、赤ちゃんを保育器に入れるでもなく、いきなり奥さんの隣に寝かせてくれたんですよ。そして3人で布団に並んで寝転ぶと、その模様を助産師さんが写真に撮ってくれました。これはとっても大切な写真です。

こんな感じで僕の出産体験はおしまい。と書こうと思ったけど、いけない! この後、またスゴイ体験したんだった。

というのは、3人で布団に寝転んでまどろんでたら、助産師さんがやってきて「食べますか?」って言うんですよ。手にしているのは、レバ刺し3切れ。こ、これが、なんとさっき奥さんのお腹から出てきた胎盤なんですよ。

なんでも胎盤を食べると産後の体調が早くよくなるみたいで、昔はよく食べてたみたいですね。フツーに。それで、この助産院では、胎盤の一部分をカットして食べさせてくれるんですよ。ちゃんと取り皿にはニンニク醤油も入れてましたね(笑)。

これを奥さんは「はい。食べます」と言って美味しそうに食べてました。
自分を自分で食べてる感じですかね。んで、「旦那さんも食べますか?」と言われたんですが、僕は首を横に振って辞退しましたとさ(笑)。

さて、こんな感じで僕の出産体験は本当に終わり。

結局、産まれたのは11月25日の午後11時30分でした。僕が助産院に着いてから、8時間半で産まれた計算になりますね。初産にしては、とても安産ですごく早く産まれたほうみたいです。僕にとっては短いようで長いような不思議な時間でした。
一生忘れない思い出深い素敵な体験でしたよ。

そうやって産まれた子どもは、今とっても元気に育ってます。いつかこの子どもが、自分の子どもを産むときがきたら、僕と奥さんはこの助産院で産んだら〜って勧めようと思ってます。

おしまい。

※写真は、奥さんの実家の庭の木です。助産院を退院するときに、胎盤を冷凍したやつをくれるんです。それを、僕たちはこの木の下に埋めました。子どもが大きくなったら、この木を見ながら、出産のときの話をしてやろうと思っています。




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2007年01月11日

僕の「出産」体験記 前編


助産2.JPG〜これから2回に渡って、昨年もっとも印象に残った体験について書いてみます〜

たぶんほとんどの男の人が「出産に立ち会って」と言われたら、心の底では「気がすすまない」と思うですよね。

僕もそうでした。

奥さんがそう望むなら「いいよ」とは言いますけど、立ち会わなくていいなら「それにこしたことはない」と思っているんじゃないかなぁ。

んで、そこから一歩進んで「私、病院じゃなくて助産院で産みたい」って言われたら、ほとんどの人が、「え〜〜」と言うと思うのです。

僕もそうでした。

「え〜〜。普通の病院でいいんじゃないの? もしものことがあったとき心配じゃん。普通の病院にしなよー」

って言うですよね。

僕は、言いました。でも、奥さんから「そうしたい」と強く言われたら、ま、産むのは僕ではないし、ね。反対する根拠も乏しいわけですよ。出産に対する勉強とかも、こっちは全然してないわけで。

んで「一度、助産院を見にくれば安心するから」と言われて、出産前に両親学級というのに行ったんです。そりゃなんか心配だから、一回見ておこうと思うわけですよ。

時代劇に出てくるような長屋で婆ちゃんが受け取るようなところだったら、反対しようと思ってね。「なんかおっかないからやめようよー」ってね。でも、この予想は、とてもいい方向に裏切られたわけなんですけどね。

僕たちが今回、出産させてもらったのは、杉並にある「ファン助産院」というところでした。

本当に普通の一軒家といった感じなんですが、この清潔感溢れる家にお邪魔して、すごく素敵な先生というか助産師の人たちの顔を見ると「ああ。ここはいいなぁ」と、僕は直感的に思ったんですよね。

んで、そこでいろんな話を聞いたんですが、僕が印象に残ったのは、「妊婦ってのは、努力してなるものである」ってことでした。

そこの先生がズバリとこう言ったわけではないんですが「産むための準備をしっかりしなさいね」と、その先生は優しく言ってくれるんですよね。要するに、子どもを産むために、体を冷やさないような体質改善とか、子どもが産道をすんなり出てこれるようにするためのマッサージとか、そういったことをちゃんとしない人はここでは産めませんよってことなんですね。その場には、10組くらいの夫婦が来てたんですが、「ちょっと遅くなりましたが、これから真面目に妊婦をやります」っていってる奥さんがいたんです。4カ月後くらいに産む人だったかな。

この言葉にもあるように妊婦ってのは、ちゃんとやるもんなんですね。本来は。この助産院には、一人目のときは、わけもわからず病院で産まされた感じだったので、今回はちゃんと自分で産みたいと、そういう気持ちで来ている人もけっこうおられてね。
要するに、ちゃんと出産に向けて万全の体制で産もうという意思がある人が、集うところだったんです。

僕は「へー」と感心しましたね。何の準備もなしに病院で産むだけ産むより、ここで前もってしっかり準備して産んだほうが安心かもなーって思ったりして。

それで「じゃあ、ここでお世話になろっか」ということで、僕の奥さんはこの助産院で産むことになったわけです。

んで、産む3カ月前くらいから、ここに通っていろんな研修を受けてたんですね。奥さんは。んで、家でいろんな体操したり、マッサージしたり、食事を研究したりして、なかなか偉かったですよ。彼女には、徐々に出産の日が近づいていたわけです。

でも、僕には、ある意味突然その日は来ました。予定日は12月5日だったんですが、前兆は11月24日に来たんです。

子供が生まれるちょっと前に「おしるし」といって、軽い出血のようなものがあるらしいんです。それが前の日の24日あったわけです。僕じゃないですよ。奥さんにね。

んで、僕にとっては、この日がいちばんドキドキしました。

なんか僕の中に出産に対するいろんなイメージがあって、そのひとつがタクシーの中で産気づく奥さん。それで運転手さんに「急いでください!」と必死こいている僕。
こんなのだったんです。うーん。これはできるだけ避けたい。。。

んで、24日の夕方。なんか仕事も手につかないので、早く帰ってきたら奥さんは買い物に行ってて留守。買い物行くくらいだから、そんな切羽つまってないんですが、僕としては、前もって調べておいたタクシー会社のメモを改めて確認したりして、あまり意味のないことをオロオロと(笑)

でも、結局その夜は、無事に明けて25日の朝を迎えたわけです。

んで、奥さんが出産する助産院に状況を説明すると「じゃあいらっしゃい」とのことで電車に乗ってひとりでお出かけしたんです。んで、僕は、家でぽつねんと原稿を書いてまってたんです。

そしたら「このまま入院することになったからー」と明るい声でご報告が。

僕は、このときすごくほっとしたんですよねー。真夜中に「急いでください!」とか言わなくてよくなったからー。

んで、奥さんから持ってきてほしいものの指令を受けて、家を午後2時くらいに出て助産院に3時くらいに着いたわけです。

そうすると、奥さんは軽い陣痛が始まっていたんですよ。

陣痛ってのは、最初はある程度長い間隔があって徐々にその間隔が短くなるわけです。

僕が着いたときは、その間隔が15分くらいあったのかなぁ。ま、助産婦さん的には「まだまだ」って感じなわけで「旦那さんと表でもお散歩してらっしゃい」っておっしゃるわけですよ。

「陣痛始まっている妊婦が散歩なんかしてても大丈夫かいな」とちらっと思ったけど、ま、そういうならと思って、二人で近所の公園を散歩しました。

この日はとてもいい天気で、とてもいい気分。ときおり陣痛がくるので「ううぅ」と痛がりますが、1分くらい我慢してたら、「うん。ダイジョウブ」って感じでスタスタ歩くんです。

「へーそんなもんかいな」って感じしかなく、奥さんが歩きたいという間、けっこう歩きました。

そして4時くらいにまた助産院に戻ったわけです。

それから、部屋で1時間くらいボーっとしてたのかな。ちなみにこのとき休んでいた部屋も、実際に産む部屋も、産んでから入院した部屋も、みんな同じ部屋なんですよ。8畳くらいの本当に普通の畳の部屋。

でも、こんなところだから、僕も近所に旅行に来た感じで、ときおり痛がる奥さんをみながら、ゴロゴロしてたんです。まさにゴロゴロ。

んで、夕方5時も過ぎてくると、夜、お腹も減るだろうし、僕は外でご飯でも食べてくるかということになったんです。近所の駅に旨い蕎麦屋があるのを知ってたんで、そこで蕎麦食べてくるよってことにね。最初は「わたしも行く」と、陣痛の奥さんが言って。助産院の人も「ま、大丈夫かな」とか、気楽な感じなんですよ。

でも、僕は、蕎麦屋で産まれたら大変だから、「絶対に待っててください」と言って「じゃあ、代わりに大福買ってきて」という指令を受けて、ひとまずその助産院を後にしたのです。んで、蕎麦食って、ちょっとだけ日本酒飲んで、大福買って、だいたい2時間後の午後7時くらいに、助産院に戻ってきたんですが、そのときには、もう大変になってたんですよねー。

ということで、前半おしまい。今度は、まさに出産のそのときの模様を後半で書きます。はいはい。

※写真は実際に産んだお部屋です。ほんと普通の部屋ですよね。ちょっとした旅行に来ている気分になってました。僕。

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2007年01月04日

流星ワゴン


隆盛ワゴン.jpg今年は生まれた子どもを隣にしていろいろ本を読んでおったんですが、この『流星ワゴン』は効くなぁ。なんか、この重松さんって、中年男子が喜びそうなボールを確実にわかってそれを的確に狙ってくる感じがしてて、なんか「狙いすぎ」な感じがしてたんですよね。

この『流星ワゴン』も「本の雑誌」とかで絶賛されてたからだいぶ前に買ってちょこっと読んでたんですが、なんとなくモチベーションが湧かず机の上に放置されておったんですが、子どもができたのを機に読んだら、効いた。

親でもあって子どもでもある。

こんな状態である男にとって「かっこ悪いことができるのがカッコイイ」ということを上手に書いておられて、感情移入しますね。これ。

男の親って、自分の息子とどうやって対峙するのか、みんなすごく楽しみでありながらちょっと恐かったりしているんだなぁと。ま、そうなんでしょうね。

あと改めて感じたのは、やっぱ自分の世代とか環境に合致した作品というのは、わかりやすく感情移入できるなぁ。これからは、あまりよくわからない上とか下の世代に向けた本でなく、自分の世代に向けた自分が読みたい本を普通に作っておけばいいんじゃないか。そうしておこうとなんとなく思ったりもしましたよ。
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2007年01月03日

あけましておめでとうございます!

あけましておめでとうございます!

去年は子どもが産まれたりしていい年でした。

今年もいろいろチャレンジしたいと思いますので、よろしくお願いしますでーす。

このブログも、意外といろんな人に見てもらっているので、もうちょっとがんばって更新しようかと思っております。
では本年もよろしくお願いいたします。
posted by okataco at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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