2007年09月27日

THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2007


講演.JPG昨日、『世界珍名偉人録』を近著にもつ高井さんから誘っていただきw「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2007」なるウェブの講演会なるものに行ってきました。「ネットワーク2.0」ってのと「WikipediaとWikiaのVision」ってのと「新しい動画広告のコンテクスト」ってのを聞いたんですが、暦本純一さんのお話が、すんげー面白かった!

僕の不確かな知識によれば、位置情報を発信する小さな機械(機械って(笑)。これなんなんだろうな。無線LANみたいなもんかな)を、いろんなものに埋め込むことで、こんな楽しいことができるよって話。例えば、鍵に埋め込むと。すると、普段、本当の持ち主の行動パターンが記録されていって、万一落とした場合、そのパターンとの齟齬が生まれる。するとその鍵が使えなくなったりするというお話。位置情報を発信するツールを持って街にいえば、その場所場所についてブックーマックしていけるというのも、なんかいいね! 楽しい未来が広がるなぁ。ま、会社員の人は、会社からそんなもの持たされた日には、戦々恐々でしょうがw

ま、そんな感じで、久しぶりにこういった講演を聞いて、ちょっと「ほえー」と感心したというお話でした。

あと、スピーカーの方が、はしばしにカタカナ語(それも難しいw)を入れ込むので、ルー大柴っぽくて面白かったw でもわかりにくいので、なんとかしてくださいw

※写真は、ウィキペディアを作ったおじさん。初めて同時通訳で講演を聞きましたが、ちとわかりにくいなぁ。このおじさん、いろいろ話す前に「Wikia」ってのが何なのか、もうちょっと上手に説明してほしかた。結局何なのだろうか?? でも、大人気で会場は満員ですた。ほい。

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2007年09月23日

フードコート!

久しくFC東京のコト書いてなかったけど、相変わらず楽しく見に行ってます。

んで、今日は気合を入れてレポしたいことがあったんですが、それが味スタに誕生したフードコートであります! 味スタは「不味スタ」と言われたりするくらい、スタジアム飯が不遇だったんですが、それを東京サポが散々フロントに訴えた結果なのか、フードコートができたんであります!

フードコート。

僕は、このフードコートが大好きでしてね。東南アジアとか旅行したときも、フードコートさえあればご機嫌。いろいろ食べまわるのが楽しいよね。大好きです。

んで、どんなフードコートが東京に誕生したのか、見にいったんですが、これが、予想以上に良かったですよ。東京のイベントといえば、すぐに売り切れるとか、ちゃちいとか、アリバイ的に「やったよ」ってのが多くて満足度が極めて低かったんですけどね。今回はよかった。


フード1.JPG
こんな感じで、北ゲートから出たところにワゴン車で販売するスタイルの店が4つ出てました。スタジアムに入る前しか買えないのがちょっと残念だけど。

んで、売ってたのは、ホットドッグとカレーとプルゴギとタコスであります。

タコスは、味スタで前から売ってたから、これが一番行列が短かったっすね。プルコギが一番長くって、カレーとホットドッグが同じくらいっすかね。
僕は、ホットドッグに並んで、800円もするデラックスドッグというのを買ったんですが、これが旨かった!

フード6.JPG
写真が下手だから旨そうに見えないかもしれんですが、ソーセージもピクルスもちゃんと作った本モンです。ハンバーガーとかホットドッグの本モンは高いもんですからね。これくらいしてOKなんであります。あと、店員の人の丁寧だしね。満足満足。

これで、東京の試合には、こんなワゴン車が終結するようになればいいなぁ。東京には、移動販売している人たくさんいるんだから、そういう人にとってもFC東京の試合があこがれの場所になればいいと思ったのでありました。おしまい。

あ、試合も勝ったんだった! 4連勝バモス!



posted by okataco at 18:28| Comment(0) | TrackBack(0) | FC東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月20日

ワセダ三畳青春期

あちこちで「イイよ!イイよ!」と聞いていた『ワセダ三畳青春期』。嫉妬するくらい面白かった。

ま、話の内容は、「ワセダ」「三畳」「青春」から連想されるとおり、大学を7年で卒業したあとも、その家賃1万2千円のアパートに住み続けた探検部・高野センパイの物語。

奇人・変人がぞくぞく出てきます。ただ、これが思ったよりちゃんと文学してて、カッコイイ。また、「貧乏自慢でござい」になってるようで、なってないというバランスが上手。

例えば、卒業した同級生が時折スーツ姿でいまだに3畳間に住んでいる高野センパイのところに泊まりに来て「お前だけは、いつまでも変わらないでいて欲しいな」なんて言われると。

そんなとき、私は正直言って、すごくいい気分になる。「いや、これでもいろいろたいへんなんだよ」と言いながら頬が緩んでしまう。あー、ほんとに勤め人にならなくてよかったと心から思えるひとときだ。話は尽きることなく、寝るのは朝方になる。


 このようにすごく嬉しい。でも嬉しさは続かない。

彼らが姿を消したあと、それは祭りのあとの静けさに似ている。祭りのあとは淋しいものだが、その思いは誰もが共有している。私の場合は、祭りが終わったあとの神輿のような心境である。さっきまでみんなにわっしょいわっしょいと担がれていたのに、今では神社の物置にしまわれ、たったひとりでぽつねんとしているような。


 なんか軽妙なんだけど文学してますよね。いい文章。

 この高野センパイは、1989年から2000年まで住んでたってことは、僕がワセダに行ってた時期と、丸々かぶってるわけで。こういった学生時代の話を読んでて、僕も当時を思い出したり。

僕の友達にも、6年半で卒業したヤツがいて、半期で卒業だから、普通の卒業式もないだろうってんで、秋口に集まって飲み会をした。このとき久しぶりにサークルのラウンジに行ったとき「まだ、ここにいたんか!」と、驚いた。

まだここにいたことは頭では知っていたけど、驚いた。

あと、よく行ってた雀荘のお母さんが亡くなったと連絡を受けて、追悼麻雀をしようということになって、ワセダ界隈に行ったら、ひとつ下の後輩が大学時代と同じネルシャツを着て麻雀を打ってて驚いた。時間が止まってるなぁと思った。

やっぱりあそこは、時間が止まってるんだなぁ。その緩やかな時間の流れに身をまかせるのは、これはこれで心地いい。

でも、あまりに心地よくて、溺れている人もいるわけで。

やはり今、改めて思い返してみても、当時はニートなんて言葉はなかったけど、似たような人種はいっぱいいた気がする。フリーターとか、下流とかワーキングプアとか。そういった人種は、昔もたくさんいたけど、世間が放置してたんだな。だから、ある意味、生きやすかった。

堀井憲一郎さんも前に書いてたけど、今の社会は、こういった若者にかまいすぎなんだな。ほっておけばいいんだと思う。それで、この緩い流れに身を任せてちゃダメだって思って、泳ぎ出すやつもいるわけで。つーか、自分で泳ぎ出さなきゃ、またこの流れに戻ってくるだけだからね。

それで、この本では、高野センパイは、この緩い流れから抜け出ようとするんですが、そのきっかけになるのが「遅すぎた初恋」なわけです。この最後、実に素晴らしく感動した。

今年のマイベストはコレだな。



posted by okataco at 23:27| Comment(4) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

お留守番


ともうさぎ.JPG今日、出産後、奥さんが初めて仕事に出かけていったので、僕とチビも初めて2人でお留守番をしたのであります。

生まれて9カ月間。初めて食事の時間に母乳を飲まないということになるわけで、大泣きしたらどうしようと、ちと緊張気味に奥さんを11時ごろ送り出して、午後6時までのお留守番スタート! と、力んでいたんですが、これが意外に全然平気でした。

お粥をあげても、普通にパクパクパク。食べ終わったあと「メインディッシュのおっぱいは?」と怪訝な顔をするわけでもなく、割とフツーにニコニコと。その後は、あまり家にいると「ママがいない」と泣くかもしれないので、経堂までベビーカーに乗せてお散歩作戦。

最近好きなフレッシュネスバーガーの「SPAMバーガー」を食べながら、テラス席で遊んでいたら、なんか通りゆく人がニコニコしてくれて、チビもご機嫌モード全開に。

こういうとき、鼻の穴がデカクなりますねー(笑)。どうだー。カワイイでしょー。みたいな。あれ、好き。気持ちいい。

ま、それで帰ってきてから、またお粥を食べさせたら、そのまま寝てくれて、あっという間の6時でママ帰宅。

シテヤッタリ! なんか子どもがいると、この「シテヤッタリ!」を日々感じられるのが、いいなぁ。こういう気持ちって、普段の仕事では年に2回くらいしか味わえないのに、上手に寝かせてシテヤッタリ! 笑いのツボを見つけてシテヤッタリ! と、赤ちゃんは大人に毎日シテヤッタリ!を感じさせてくれる生き物なんだなぁと思っております。

※写真は、こないだ行った田園都市線の宮崎台にある「電車とバスの博物館」にて。ここ、子どもが6歳くらいなら、電車の模型とかたくさんあってすごく楽しめそう。でも、チビはまだ0歳なので、あまりよくわからなかったみたい。結局、この顔ハメからパパの顔が出てきたときが、いちばん喜んでましたとさ。

※あとチビの近況としては、つかまり立ちができて、歯が生えてきたですYO!




posted by okataco at 01:04| Comment(2) | TrackBack(0) | チビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月17日

カレーうどん


カレーうどん.JPG毎月恒例のソウルフード連載の貼り付けコーナー。今月は、名古屋のカレーうどんだす。これは、飲んだ後にカレーうどんを食べるという、名古屋の奇妙な風習をネタにしたもんでしたよ。あー、ちなみにこれの次の号では、「佐世保バーガー」をやったんですが、そろそろネタストックが切れてきた〜。都内で食べられる(これ肝心!)地方のソウルフードネタがあったら教えてください。教えてくれたら、いっしょに食べに行きます! もちおごります!

もう10年くらい前の話だけども、名古屋に行って酒を飲んだ後、地元の人が「〆(しめ)にカレーうどんを食べましょう」と言ってきた。
 〆にカレーうどん。
 何を言っているんだと思った。
 しかし、名古屋には夜遅くまでやっているカレーうどん屋がたくさんあって、赤ら顔のおじさんたちが、ハフハフ言いながら食っていたのである。
「名古屋では、飲んだ後にカレーうどんを食べるのは、わりと普通ですよ」
 僕が驚いているのを見て、その人はちょっと自慢気にこう言ってたっけ。
 そんなことを、こないだカレーうどんを食べているときに思い出したので、今回のテーマは、「名古屋のカレーうどん」であります。ただ、名古屋で〆にカレーうどんを食べたことは鮮烈に覚えているのだが、どんなカレーうどんだったかはさっぱり覚えていない。
 まずは、食べてみねば。
 というわけでさっそく調べてみると、名古屋の有名なカレーうどんチェーンに「若鯱屋」というのがあることがわかった。有難いことに東京にも数店舗あったので、家の近所の用賀店に赴いて食ってみた。
 カレーうどん。790円である。
 注文してからどんなカレーうどんか想像してみた。カレーうどんなんて、どこで食べてもたいして変わらないと思っているかもしれないが、それは大間違いである。というのは、高校まで京都で暮らしていた頃、カレーうどんといえば、うどん玉にカレーをかけただけのものだった。夕飯にカレーライスが出た次の日の昼ご飯は、カレーうどん。残ったカレーをうどんにかけてカレーうどん。これだった。
 だから東京に出てきて、カレーをうどんの汁で溶いたのを食べたときは、驚いた。最初、なんか抵抗あったけど、考えてみたらこっちの方が、カレーうどん用に仕事している分、偉い気がしてきた。両方食べた感じでいえば、汁で溶いているほうが品はいいですな。ただ、カレーをうどん玉にかけただけのやつも、ジャンクな感じがして好き。ま、どっちもそれなりに好きです。
 果たしてここのカレーうどんはというと、東京スタイルだった。さっそく、食べてみよ。ズルズルズル。
 アチ! 
 カレーうどんは熱いのである。アチチ!
 アチチいいながら感じるのは、なんと言っても麺の太さである。このカレーうどん、麺が異常に太いんである。極太だ。ただ、別に食べにくいわけでもなく、上手にカレー汁と絡んでなかなかいい感じだす。あと、細かく刻んだ油揚げが入っているのだが、これがいい感じにカレーを吸って旨い。
 ふー。ま、普通に美味しかったですかね。あと、夏にカレーうどんを食べると、大量に汗をかきますな。こんだけ汗をかくと、酔いも一気に醒めそうだ。このあたりが、名古屋人が〆にカレーうどんを愛用している理由なのだろうか。若鯱屋に電話して聞いてみた。
「たしかに、お酒の後に召し上がる方も多いです。ただ、なぜ〆にカ召し上がる方が多いのかは、わかりかねます」
 二日酔いに効くからですかね? ネットで、カレースパイスの中の“うこん”が二日酔い予防に効果があるという説を見つけたんですが。
「ふふふ(笑)。初めて聞きました」
 じゃあ、名古屋人がカレーうどんを愛する理由とか、ご存知ですか?
「いやー。そこまでは……」
 はい。というわけで、なぜ名古屋人が〆にカレーうどんが好きなのかは、わからずじまい。その後も色々調べたけど、わかりませんでした。ただ、「佐世保の人は、〆に佐世保バーガーを食べますよ」なんて情報は教えてもらえた。要するに「そこにあるから」というのが、答えなんでしょね。

ソウルフー度 ★★★

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2007年09月14日

うかたま


うかたま.jpg今、いちばん楽しみにしている雑誌が『うかたま』であります。

これ農文協が出している季刊誌なんですが、いろんな意味で素敵なんすよ。

まず、編集、執筆、写真、レイアウトが、すごく高いレベルで整っている。

おそらく、人数も予算も少ないんだろうけど、そこをなんとか工夫して補おうという感じが、なんとも好印象。

あと、メッセージ性が高いのもいいねー。

今号の特集は、「愛しの白いごはん」なんですが、巻頭では、「食料輸入。世界第一位」という現実を訴えて、外食や中食が増えてることで、安くて規格が統一された海外の食料が優先される現実を提示。国内産のものがいいのはみんなわかっているかもしれんでしょうが、家でご飯を炊いて食べないと、国産の米というのはいずれダメになってしまうんですよ〜という状況を上手に紹介。

んで、「鳴子の米プロジェクト」という現在1杯20円の米を24円で買ってもらい、差額の4円を農業を志す若者への支援や、品種改良などに使って地元の田んぼを守ろうという運動なんかを紹介してるんです。

こうやって書くと、なんか説教臭いですが、誌面を見ると全然そんなことないんですよ。田舎のばーちゃんが作ったご飯とか、田んぼがすごく上手にきれいに紹介されててね。みんな笑顔で映っているから、こっちも笑顔になってきます。

こういう紀行っぽところは、写真を大きく見せるレイアウトなんですが、「全国の混ぜご飯紹介みたいなのは、ギュッと詰め込んで見てるだけでも楽しい展開。こういうバランスが上手だよなー。

あと、今回、個人的にスッキリしたのが、「個人でお酒を作ってはいけないのですか?」というコラム。

>日本には酒税法という法律があり、個人が“酒”を勝手につくることは禁止されています。

ふむ。これは知ってるよね。でも、どぶろくとか、果実酒作っているって話も聞くよね。フツーにね。このあたりどういう解釈になっているのかというと。酒税法では“酒”は「アルコール分1度以上の飲料」でそれ以上のものを作ると罰則規定もある。だから、こんな解釈が成り立つんだとか。

>法が定める“酒”とは、アルコール分を1%以上含む飲料のことです。それなら1%未満のアルコールを含む酒を作るのであれば、それは法の定める“酒”をつくることにはならないので、一切お構いはありません。

なるほど。んで、僕が個人的にいちばん上手いと思ったのが、以下の文。

>「もし、まちがえて2%とか5%になったらどうなりますか」などと質問するのはおろかなことです。そんな質問をしても国税庁は「違法な行為は、法に従って厳重に取り締まります」としかいえないでしょう。

正論!(笑)。要するにこういう問題って、大人の判断の上に成り立ってるんですな。

ま、そんなこんなで、ものを作る人の笑顔が詰まったこの『うかたま』。素晴らしい雑誌なので、ぜひみんなも読むといいと思ったのでありましたよ!

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2007年09月09日

高田屋嘉兵衛


菜の花.jpg高田屋嘉兵衛ってのは、江戸後期の船乗りで、司馬遼太郎が「人の偉さの尺度を英知と良心と勇気とすれば、ダントツに一番偉い」と言ったり、『風雲児たち』のみなもと太郎センセが、「描きたかったのに、一番描ききれなかった人物」と言ったりしてて、すごく興味があった人でした。

んで、高田屋嘉兵衛の生涯を描いた司馬遼太郎の『菜の花の沖』を読んだけど、たしかに大人物ですわ。

一代で高田屋という豪商を築き上げた背景にある、創意、勇気、愛情などは、もちろんですが、クライマックスは、ロシア船に拿捕されてからの一連の行動。

簡単に説明しておくと、ロシアのレザノフってのが、日本に通商を求めてやってくるんですが、鎖国中の日本は、「とっとと帰りな」みたいな失礼な態度でこれを追い返す。そすっと、このレザノフは怒って、部下に北方での略奪行為を指示するんです。

すると、今度はこれに怒った日本が、その報復として北方に来ていたゴローニンってロシア人の船長をとっ捕まえるんです。すると、これに怒ったゴローニンの部下のリコルドってのが、「これは大変だ!」と思って、たまたま近くを通りかかった船に乗ってた高田屋嘉兵衛を捕まえて、ゴローニンを奪い返すための交渉のきっかけにするんです。

ま、これが事件のあらまし。

言い忘れてたけど、高田屋嘉兵衛は、幕府の要請で蝦夷から択捉といった北方への航路を開拓してたから、このあたりの海域に出没してたわけであります。

さてさて、というわけで、ロシアと日本という国家間の争いのに、一民間人に過ぎない高田屋嘉兵衛が巻き込まれたわけですが、ここからの態度が感動的なんです。

まず、ロシア船に捕まって、リコルドがなぜ嘉兵衛を捕まえたかを話すと、自若と「ようがす」と言い、ロシア行きを決断。なんとかロシアに渡って、もつれにもつれた両国の関係を解きほぐそうと考えるわけです。

ここで、すごいと思ったのが、こう決断してからの嘉兵衛は、60人くらいいた自分の船の船員たちを、ロシアの船に招待してくれとリコルドに頼むんです。

つまり、当時の日本人って、外国に対して免疫がまったくないから、鬼みたいだと思ってる。このまま自分だけがロシアに連れて行かれたら、残った者たちが、ロシアに対して過剰な反応をする危険性がある。だから、ロシアの人も同じ人間だということを知っておいてもらおうと、船員をロシア船に上げて、お互い交流させるんです。

自分は捕虜という絶望的な状況のなか、こんな思考ができるなんて、スゴイよなぁ。

んで、この嘉兵衛の人徳を示すエピソードとして、リコルドは、嘉兵衛の捕虜としての価値を高めるために、従者を5人連れて行くというんです。嘉兵衛としては、わしだけで充分と言い張るんですが、聞き入れない。そこで、自分以外に誰かを連れていかなきゃいけないから、クジでもしようかと思ったら、全員が「私を連れて行ってください」と嘉兵衛の膝にしがみついて泣きながら訴えたんですよ。

ええ話や。

ま、それくらいの人なんですわ。だらだら書いたらキリがないんで、このへんでやめますけどね。でも、みなもとセンセが、この人のエピソードを描いたら1年くらいかかると言ってたけど、本当だなぁ。個人的には、江戸期の冒険譚としては、同じロシアに漂流した大黒屋光太夫が一番好きだったけど、それに匹敵するいい話。

ただ、この『菜の花の沖』文庫で全六巻は、長すぎるなぁ。肝心のロシア抑留が出てくるのが、終わりの六巻で、ちょっと気軽にオススメできない感じ。ま、司馬遼太郎があとがきで「私には、そういう嘉兵衛にも興味があるが、かれをつくりあげたこの当時の船と航海と商業について、それ以上に関心があった」と書いているように、嘉兵衛の話だけを綴ることを本来の目的にしてなかったりするんでねぇ。ま、江戸期の船の話とか、よく理解できるから楽しい人には、楽しいんですけど。

ま、でも、これが司馬遼太郎の良さでありながらも、敷居の高さを否めない点でもあるんだよなぁ。まあ、このへんは、これからの企画に生かしていこうかと思っております。おしまい。

※この文春文庫の小野利明さん表紙画、サイコーにかっちょいいなぁ。

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2007年09月02日

三河屋本店


三河や.JPGちょっと涼しくなってきたから、また日本酒を飲みだしたんだけど、やっぱ旨いなぁ。

んで、最近、近所に美味しい日本酒が売っている店があるってのは、すごく恵まれていると再認識し始めているんであります。酒屋ってのは、全国にたくさんあるけど、旨いの売ってるとこって、すごく少ない。あと、旨いの売ってても、がんばりすぎてるところは、それはそれで使いにくかったりする。5000円もする限定の大吟醸とかずらずら並べられてもなぁ。そういうマニアな店もけっこうあるけど、これはこれで使いにくかったりする。

んで、僕が愛用しているのは、経堂の商店街にある「三河屋本店」という、ま、普通の酒屋さんなんですが、ここがいいんですわ。写真見てもらったらわかるんですが、丁寧に全部のビンに新聞紙巻いているの。外からこれ見ただけでも、この店いいなってわかる。そんな店。

あと、品揃えも、純米酒の安い普段飲みを揃えてて、とても買いやすい。一升で2000円あたりの、オススメを10種類くらいと、そのときのレアものを5種類くらい。こんなスタンダードな並べ方でね。とても好感が持てます。無口なおじさんがやってるけど「酒はやっぱりヌル燗が美味しいですかね?」って、聞いてみたら、すごくしゃべってくれた(笑)。そんなところもカワイイ店であります

というわけで、僕にとっては替えが効かない店だけど、ネットに全然情報がないから、もしかして繁盛してなくて潰れたら困るなぁと思ってこうして書いてみたのでありました。
※三河屋本店は、経堂の商店街を農大の方に南に進むと3分ほどでありますよ。
posted by okataco at 23:24| Comment(2) | TrackBack(0) | オススメ飲み屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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