2009年06月25日

肩車適齢期


kataguruma.JPGチビが2歳6カ月を過ぎたので、2歳半の赤ちゃんの生態についてちょっとレポしておきます。

まず、大きな発見だったのは、2歳半の赤ちゃんはズバリ「肩車適齢期」だったのですね!

赤ちゃんを肩車。

いいねー。これ、けっこう生まれる前から「やってみたい」と思っていたのですが、実は小さすぎる赤ちゃんって、肩車がしにくいのですよ。お座りができないときはもちろんですが、一歳くらいでもけっこうしにくい。足が短いから。足が短くても肩車はできるのですが、そうすると手を伸ばして赤ちゃんの背中を押さえる形になるので、腕がすごく疲れるんです。でも2歳半になって足がちょうどいい長さに伸びてきて、自分の胸のあたりでチビの足をしっかりつかめるようになってとてもいい具合。長時間抱っこするのには重い時期でもあるので、今はもっぱら肩車が快適。チビも喜ぶので、いい感じ。

あと、体の成長はひと段落した感じだけど、とにかくいろんなお話するのが、ここ数ヶ月の大きな変化。

こないだは、自分のお尻からヒモをぶら下げて「自分のシッポが付いてくる♪」って歌いながら歩いてた。なんかテレビか絵本で見たのかなと思ったけど、ママは知らないらしいから、自作なのかな? けっこういい歌詞だw

あと、今はトイレ特訓中で、おしっこはけっこうできるようになった。パタパタとトイレに行って便座に自分でまたがってできる。偉い。こないだトイレから「パパ!」って呼ばれたので行ってみると「オシッコとウンチっていっしょに出していいの?」って聞かれた。たしかに気になるかもw「いいよ!」って言ってやったら嬉しそうだった。

ま、そんな時期ですかね。今は言葉が面白い。これからはチビの名言集を定期的にアップしようかと思っております。
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2009年06月21日

越境者的ニッポン 

この本の作者の森巣博さんは、国際的な博打打ちで、その半生などを綴った『神はダイスを選ばない』あたりは僕も熱中して読んで大ファンです。

んで、そんな森巣さんが、ニッポンについて感じる疑問について自身の意見や考えを綴ったのがこの本なんですが、印象深い一節があったのでメモ代わりに記録。

学校行事での君が代斉唱時に、信念に従って不起立を貫く教職員たちは、信念に従って起立する教職員同様に、本人たちは嫌がるかもしれないが、わたしは「愛国者」であると信ずる。
おそらくもっとも「愛国心」に欠けているのは、「みんなが立つから」とか「立たないと罰せられるから」とか思って起立する教職員たちではなかろうか。
「愛」の正反対の意味を持つ言葉は、断固として「憎悪」ではなくて、じつは「無関心」だ。“LOVE(愛)―HATE(憎悪)”は一本のつながった感情であり、対蹠するそれではない。

ふーむ。

あと、この日本では「三権分立」など、実際に機能しているのか?という問いかけをしていたけど、これにはたしかに頷くところが多い。

「三権分立」といえば、立法、行政、司法がお互い干渉されることなく独立し、相互監視することで、それはもう素晴らしい国の機能なんだよ、みんな!って感じで小学校のときに習った記憶があるけど、いったいどのあたりが分立しているのか、改めて問われてみればよくわからない。国会と内閣なんて分立どころかベタベタくっついている気がするし、司法にしたって、どういったあたりが独立なんだろうか。そりゃ国が「こんな判決出せ」って言ってるわけではないだろうけど、裁判員制度って司法関係者はみんな反対だったんでしょ。それが施行されるってことは、三権分立に抵触しないのかな。よくわからないけど。

ま、そんな感じでみんながわかった気になっているところを「わからない!」「よく納得できんぞ!」と言ってくれるこの本。自分の知の領域を守るばかりで全然言葉が届かない識者が多いなか、キラリと光る一冊でした。

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2009年06月14日

はじめての親子観戦


hajimetenotokyou.JPG昨日の土曜日は、FC東京の試合が、家から自転車で行ける駒沢競技場であったんで、けっこう前からワクワクしてたんですよ。そしたら急に奥さんがその時間に仕事になって「チビどうしよ」ってことになったもんだから、「じゃ、いっしょに行ってみるか!」って初めてサッカー観戦に連れて行ったんです。

2歳6カ月でデビュー戦と相成ったわけですが、当然、2時間近くを席で大人しく見てくれるわけもないだろうし、いろいろ思案。まず、迷惑かからないように、なるべく隅っこで、すぐにコンコースなんかに逃げられる席を確保。んで、試合中に愚図ったときのために、お菓子とジュースをこっそりカバンに忍ばせる。ま、それくらいか(笑)。でも最初は「大丈夫かな?」と思ってたんですが、これが思った以上に喜んでくれてて嬉しかった。試合の前に、いろんな観戦のお仲間にチビを紹介したら可愛がってもらってニッコリ。あと、試合前にドロンパを発見したら大喜びで、コチョコチョ付いて回ってた。んで、ドロンパがカツサンドを売ってたので千円もたして「買っておいで」って背中を押したらちょこちょこドロンパにお金渡して上手に買ってた。そしたらドロンパがナデナデするなど可愛がってくれて大満足してました。「きょうどろんぱにあったね。またあいたいね」って言ってました。ドロンパありがとう! あとチビを可愛がってくれた人、ありがとう!そんな感じで試合前を楽しく興奮して過ごしたもんだから、キックオフ直後に寝てしまい。。。後半の15分あたりまで、ずっと膝の上で寝てたのでしたw そしてその後もジュース飲んだりお菓子食べたりパチパチと手を叩いたり歌を歌ったり、コンコースを散歩したりとご機嫌で過ごしてました。「さっかーたのしかったね。またいく」って言ってくれたのが、良かった良かった。試合も勝って良かった良かった。駒沢でやったらまたチビと行きたいので、来年も1回はやってくれるといいなぁ。ま、そんな感じで楽しかった初めての親子観戦なのでした。

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2009年06月10日

日本人の知らない日本語

メディアファクトリーが出すコミックエッセイシリーズといえば、『ダーリンは外国人』でドーンと当たって、それ以降も良質なのを色々出してたけど、結局、僕は『ダーリン』が一番好きだったわけだけど、この『日本人の知らない日本語』は、それよりいいな。ホント良作。これはいい。

外国人生徒を相手に日本語の先生をしている作者が、その学校での出来事を漫画にしているわけですが、面白さのポイントは二つ。


ひとつは、外国人の素朴な疑問によって表面化する日本語の意外なウンチク。

例えば「がんばれ」というのは、本来、目下の人に使う言葉。これを目上の人に言うならどんな言葉になるのか。答えは「お疲れのでませんように」というらしい。

あと、博徒映画が大好きのフランス人マダムが花札の「あのよろし」ってどういう意味?と質問する。答えは「の」というのは、上に点が付いていて、これは「か」と読むわけですね。んで、今は亡き変態かなについて、上手に説明している。

まったく勉強というテイストでなく、これだけ雑学を上手に解説しているのは、素晴らしいっす。

あと、外国人のいろんな勘違いとか戸惑いも面白い。

テストで日本だと、正解に丸をして間違いにバツをつけるけど、外国だと、正しい答えにチェックを入れて、間違いの部分に丸をつけて「ここ間違ってるよ」と知らせるらしい。だから日本のテストで満点とかとって、全部マルだと、逆に全部間違ったのかと思ってびっくりするらしいね。

あと、中国から来た人の、スーパーで売っている「猫缶」って、猫が食べるんじゃなく「猫の缶詰」だと思って食べてたという話に、思わずブー!(笑)

ま、このように「専門分野の話」をよくぞここまで平易に落とし込めたと思うこの本。著者の名前に頼ることもなく、すごくいい仕事だと思います。オススメ!


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2009年06月08日

永遠の出口

ノンフィクションや新書に比べて、小説というのはレビューが難しいので、読んでもあんまり書かない。なんか粗筋を書いたところで、しょうがないんだよなー。となると、大事なのは、縦とか横の比較になってくる。

この作者の以前の作品に比べてどうだとか、似た作家の●●と比べてどうだとか、あの作家が使った★★の手法を新たに見た感じとか。

やっぱ物語の論評って、こういう縦横比較が大事だし、これがあるとないとでは、そのクオリティには相当の差がある。だから、小説や映画って、摂取している絶対量が評論の出来不出来に大きな差となって表れるから、やっぱ古くからやっている人に一日の長があるんすよね。

んで、僕は小説好きだけど、この仕事してると「とても小説好き」ってレベルでもないんで、あんま書いてこなかったわけですが、久しぶりに「これは巧い!」って本を読んだのでご紹介するのが、森絵都さんの『永遠の出口』なんです。

紀子という、どこにでもいそうな女の子の小学生から高校までの出来事を綴ったショートストーリー集って感じですが、描写が実に上手。昭和40年代中頃の千葉県生まれっていう設定なんですが、時代描写とかもとても巧い。どう巧いのかは、もう細かく書かないけど実に巧いし、僕は最近、こういう小説が読みたいのかもしれんねと思った。

んで、改めて思うけど、巧いという意味では、女性作家のほうが巧いですね。観察や描写といった行為は女性のほうが上手なもかも。んで、男性はストーリーを作るのが巧いのかもな。

というわけで、この森絵都さん、直木賞作家に今さら僕ごときが「この人、巧いですよ」というのもアレですが、ま、巧いなぁと思ったというお話でした。人物描写でここまで「好きだなこの本」と思ったのは、篠田節子さんの『女たちのジハード』以来かも。そういや男の作家が書いた、男の成長譚とか群像物語の名作って何があるんかな。井上靖の『あすなろ物語』くらいしか思いつかないけどな。探してみよ。


posted by okataco at 23:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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