2011年04月25日

サッカーが止まった42日

fukuari.JPG昨日、千葉のフクアリに行って久しぶりにJリーグの試合を見てきた。

思い起こせば、3月11日はJリーグの試合の前日だった。FC東京は、岡山でのアウェイ戦の予定で、わくわくしていたのを今でも覚えている。

あれから、長く止まっていた日本サッカーが、やっと動き始めた。

昨日の試合、FC東京は0−3で負けてしまって、東京はまだ歩みを止めている寂しさはあるものの、やっぱりサッカーがある日常が戻ってきたことは嬉しい。

また、この中断期間、日本のサッカー界が団結して支援した姿勢は、ひとりのサポーターに過ぎない僕にとっても誇らしかった。

そんなことを原稿に書いた。それは学研から年末に出る「スポーツ感動物語」(仮)という主に学校図書館に納入される本に「サッカーが止まった42日」というタイトルで掲載される予定だ。今回、感じたことを子どもたちに伝えられる仕事をしていてよかったと改めて思う。思うのだ。

これは、Jリーグ再開の一戦で川崎フロンターレが試合の前に流したVTR。サポーターの気持ちを完璧に汲み取った実に完成度の高い作品だと思う。制作者の方に、心から拍手と敬意を送りたい。

posted by okataco at 23:57 | TrackBack(0) | FC東京 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月22日

ブログと缶詰

昨日は、スロコメのイベントでした。
来てくださった方、どうもありがとうございました。

そこで語ったことをちらっと書いておくと、ブログはもうツイッターやフェイスブックやこれから新しく登場するであろうサービスのように語られることは、あまりないように思うんですよね。もう当たり前のものとして一般化したから。

あと、ネット上に何かを書く人の多くが、認識欲で書いていると思うんです。
誰かに認めて欲しいとか、誰かに認識して欲しいとか。
こういった欲求は、SNSとかツイッターのほうが得やすいんですよね。
ブログは、コツコツ書いても誰もコメントくれないってのはザラだし、こういった欲求を満たすにはあまり向いていない。

このように話題にもならないし、認識欲も満たせないってのがブログだと思うのです。
でも、ブログの魅力がないかというと、決してそんなことはないと思う。

その魅力は大きく分けると二つあると思う。
ひとつは「信用」。もうひとつが「自己成長」。

信用は、ブログをコツコツ書くことで得られるものです。これはツイッターなんかでは得にくいと思う。
「1年分のブログは1年かけてしか作れない」なんて言われるけれど、ブログの中で積み重ねたものは、対外的な信用になってくると思う。ブログを作るのはネット上に家を構えるようなもので、ちゃんと家がある人は、信用が出る。
こういった信用があれば、異なるコミュニティの人にも会えるし、その効果はけっこう大きい。書き始めてすぐには得られない効能だけど、ブログが作りえるものじゃないかなと思っています。

あとは、自己成長というのは、自分である一定の長文をしっかり書くことは、言語力、論理力といった基礎能力の鍛錬にとても役立つということです。それが人が見るという前提で書くわけだからこれはとてもいいトレーニングです。

これからの時代、社会は仕事をしながら教えていくなんて余裕がなくなってくる。独立独歩の時代。だからとくに若い人には、早い段階からブログを書くことをオススメしたい。
もうあまりコンセプトとか考えなくていいと思う。「オレの日記」とかでいいのでね。
20歳になったらブログを書こう!
そんな風に思っています。

さて、そんなことを話した下北沢のスロコメで、石巻水産の方にお会いできたのが、とても嬉しかった。スロコメを経営されている須田さんは、経堂で「さばの湯」という飲み屋カフェもやっているんですが、そことスロコメで石巻水産を応援しているんですね。ここは津波で工場も流されてしまった水産加工会社ですが、商品の缶詰をドロの中から拾い上げて、こちらにもってきて、経堂のボランティアの方がそれをきれいにして一缶300円で販売しているんです。こういった形の支援って、素晴らしいなぁと思っていたところお会いできて感激。んで、その缶詰をいくつか買って今日食べたんですが、これがホント美味しくってまた感激。これからもずっと応援したいと思った次第。このお話は、下の動画に詳しいので良かったら見てみてください。





posted by okataco at 23:56 | TrackBack(0) | 食べ物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月19日

21日にイベントをします

4月21日の木曜日、下北沢のスローコメディファクトリーで、「ブログの深いい深すぎる話」といった話をします。話をするというより、僕が選んだ「いい話ブログ」をみんなで見ようという会といったほうが近いかな。震災関係のブログ、恐くて見ていない人もけっこうおられますが、いい話も多いので紹介したいなぁと。
20時開始、チャージフリー、キャッシュオンです。お気軽にどうぞ。

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2011年04月13日

入園式

__(2).JPG月曜日は、上の子の入園式だった。
「入園の日にこんなに桜がキレイなのは初めて」と園長先生も言っていたような満開の日で思い出深かったです。ちなみに息子は、「ばら組」でした。宝塚みたいでかっこいいな!

幼稚園、なんか見ていると楽しかった。ここ10年くらい組織と離れているから、ああいう「クラス」に対する憧れがあるからだろうか。授業参観とか運動会とか、ぜひ行きたい。

4歳の子どもは、家で見ているとなんか一人前の子どもに見えていたけど、集団になると、なんかとてもかわいらしいのでした。まだチッコイんだな。

チッコイ子たちが、たくさんいると、なんかとても可愛らしくいい気分でしたよ。

こんな子どもたちには、きれいな社会をしっかり残さないといけないな。

posted by okataco at 11:27 | TrackBack(0) | チビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月10日

今こそ、歴史に学ぼう

吉村昭さんの『三陸海岸大津波』という作品は、1970年に発表され、2004年に文春文庫化されている。

この作品が、今回の地震を期に注目されているので、読んでいるんだけど、歴史は繰り返すんだなぁ。

明治29年の大津波のときの漁師の話から始まるのだが、この年は、鰯などが大の豊漁で。今回も、地震の前にクジラが多数打ち上げられていたときくけど、海洋異変は、もっと広範に起こっていたんだろう。

ただ、それを実際の避難などに、結び付けられるかどうか。

なんかの記事で、津波のときは、人を助けてはいけない。人を助けることを美談にしてはいけない。津波だけは特別と言っている古老の話がでていた。津波では、人が人を助けることができない。だから、とにかく自分だけが助かるという気持ちがないと、津波による大量死は避けられないと。ただ、これもこういった教訓をどう伝えるのか。

難しい問題は多い。ただ、歴史から学べる部分はもっとあるだろう。

「想定外」という言葉をよく聞くけど、それは想定している範疇が少ないだけ。1000年に一度なんてものが、こんなに頻発するわけがない。

今こそ歴史に学ぶべき。

これから節電が常態化しくるだろうけど、一方的に悲観ばかりしなくていいと思う。江戸時代には電気はなかったけど、江戸文化は元気だった。そんなことを僕は杉浦日向子さんの『一日江戸人』なんかを読んでいたので、そう思える。

日本には、素晴らしい歴史がある。今、それを改めて共有することで、この辛い時代を乗り越えていくべきなのではないかなぁと。

また、今を生きる日本人は、大きな歴史の証人であるわけで、原稿を書くことで生活している僕は、それをやはり何かに書こうと思う。うん。そうだな。







posted by okataco at 22:39 | TrackBack(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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