2011年07月29日

スローリーディング

僕は、関西で中学受験をしたので、「灘」という学校には特別なイメージがやっぱある。
偏差値的な面でいえば、ずっとトップだから、相当に勉強をしているのは当たり前としても、かなり「しんどい」勉強をしているんやろうなーと思っていたんです。
でも、これが思い描いていたものとはかなり違ったことを、とても印象深い取材を通じて知ったので、ご報告しておきます。

まず、灘ってのは、中高一貫なんですが、中学1年で担当する先生ってのは、6年間持ち上がるんですね。あと、どんな授業をやるのかは、個々の先生の裁量に任されていてと、かなり自由奔放。

で、この個人裁量の授業において、3年間かけてたった一冊の文庫本だけを読むという型破りな方法を選択した先生の授業が、今「奇跡の授業」として注目されています。

その先生の名前は、橋本武さん。現在なんと99歳なんですが、実際にお会いしても少し耳が遠い以外は、とてもお元気でお話もとても面白かった。

で、この先生は「中学時代にどんなことを国語の授業で学んだのか?」という自問になにも答えられなかった経験から、中勘助の『銀の匙』という本を3年かけて読み解いていくわけです。

その詳しい方法は、『奇跡の教室』や、その取材原稿を書いた別冊宝島を読んでもらえればわかるんですが、ポイントだけ述べれば、本論の中に出てくる言葉ひとつひとつに脱線していくことへの積極性と、凧の話が出てくれば、実際に凧揚げをするといった追体験をとても重視された。それで、この授業を受けた子たちが、初の私大による東大合格者数日本一など結果を残していくんですが、この先生の授業が世間から注目されたのは、ほんの数年前のことで、先生は今や99歳。でも、とてもお元気で、つい数ヶ月前には、灘の教壇に立って銀の匙の特別授業をやったというのだから、まさに生ける伝説といった方なのでした。

で、この先生も含めいろんな一線の教育者から話を聞いていて感じる共通点は、反復の大切さだなぁと。

親というのは、何かと「どこまで進んだ?」という知識の先取りを褒める傾向にあるけれど、これはあまり意味がない。それよりは、簡単なことでもいいから、愚直に日々繰り返していく。そうすると、子どもの細胞にすーっと浸透していくものなんでしょう。本当の教養というものは。

橋本先生の授業は、速読の対極に位置する「スローリーディング」として注目されているけれど、「スロー」でいいんだよ。スローで。

で、子どもを見てて思うのは、「また、これ?」と思うくらい、子どもは同じこと、同じものを繰り返そうとする。「また、これで遊ぶの?」と思う親はついつい新しいオモチャを与えたりしがちだけど、子どもの「また?」につき合ってあげることって、実はすごく大切なことなんじゃなかろうかと思えてきた。きっと大事なんだと思う。子どもがもつ本能のほうが、本当の答えを知ってるんだよね。きっと。

今、うちの上のチビ4歳が、「トトロ」ばっかり見ている。
たまに、「ポニョも見る?」なんて言っても「トトロがいい」とトトロばかり見ている。トトロ博士にでもなる気かと思うけれど、きっとこれでいいんだと思うな。うん。気がすむまで、トトロを見続けていいよ。マイボーイ。



posted by okataco at 03:01 | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

津波と原発とニッポンの書評

『東電OL殺人事件』など、歴史に残るノンフィクションを残してきた佐野眞一さんの『津波と原発』読了。

『東電OL殺人事件』を書いたときに、作品のタイトルから「東電」という文言を外してもらおうという狙いから、東電の広報担当者が聞いてもいないのに「自分は月に三百万円なら自由に交際費が使える」なんて言っていたという昔話もあるように、東電について長年書いてきた佐野さんだからこそ書けた部分が多い作品。1部が津波で、2部が原発だけど、とくに2部などは、そういった蓄積がなければこの短期間には到底書けないものだ。でも、読ませるのは圧倒的に1部の津波。決めうちせずにライブ感覚で書くというスタンスで、佐野眞一スタイルの津波を書いている。

とくに、新宿ゴールデン街の名物おかまバーのママの消息を探るというスタイルで、津波の現場を訪ね歩くところは圧巻。いきなり自分が現場にいるような錯覚を覚えさせる。ノンフィクションは、やはり視点だ。自分の視点をどこに置くか。読者の視点をどうひっぱるか。俯瞰した分析よりは、やはり現場だ。

印象深かった一節を紹介しておきたい。

《原発労働からは唄も物語も生まれなかった。原発と聞くと、寒々とした印象しかもてないのは、たぶんそのせいである。原発労働者はシーベルトという単位のみで語られ、その背後の奥行きある物語は語られてこなかった。
それは、原発によってもたらされる物質的繁栄だけを享受し、原発労働者に思いをいたす想像力を私たちが忘れてきた結果でもある。原発のうすら寒い風景の向こうには、私たちの恐るべき知的怠慢が広がっている。
私たちは原発建設に反対しなかったから、原発事故という手痛い仕返しをされたわけではない。原発労働をシーベルトという被ばく単位でしか言語化できなかった知的退廃に仕返しされたのである。》

原発労働からは唄が生まれなかった。こういった気づきを生み出せるか。これも大事だな。

★★★
そういや、先週の金曜日に石黒謙吾さんプレゼンツの「編集者的酒場ゼミナール」なるイベントに行って来た。畳でビールを飲みながら歓談してトークイベントに入るスタイルが楽しい。ゲストは、豊崎由美さん。書評家としても名高い豊崎さんが「ライターなめんなよ!」的な話をしてくれて、なんか嬉しかった。リスペクトリストにしっかり入れておこう。その豊崎さんの新書『ニッポンの書評』で、忘れないようにしておきたいと思ったこと二つメモ。
1「プロの書評と感想文の違い」というのは、たしかに深いテーマ。いつか掘り下げてみたい。ブログの記事と雑誌記事の違いなど、曖昧模糊としたものに対して明確な定義付けをするというのは、企画の柱になるように思う。第二弾もでた「40字で答えなさい」的なアプローチができるかも。
2 出版産業史などについて研究している大澤聡さんという方がおられることを知った。林子平など、昔、苦闘して本を作った人間たちのことを今調べて書いてるいので、いつか話を聞きたいと思う。覚えておくように、自分。





posted by okataco at 23:33 | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月06日

もしかしたら名探偵

ちょっと、うちの子どものマイブームのお話を。

春ごろに、ある雑誌で子ども向けとおすすめされていた『もしかしたら名探偵』という本のタイトルにピーン!と来て買ってみたのですが、これがとても面白かった。

記憶を辿れば、僕が本好きになったのには、「探偵」という要素がとても影響しているように思う。大定番の『ズッコケ三人組』でも、探偵ネタが一番好きだったし、そのあと『こちらマガーク探偵団』ってのも全部読んだし、モーリス・ルブランの『怪盗ルパン』シリーズを全部読んだのも、この「探偵」要素だもんな。やっぱり子どもには、本好きになってもらいたいから、そのためには「探偵」がいいんじゃないの! というわけで買ってみたんですが、これが、大当たり。挿絵も豊富で、うちの4歳坊主も、読んであげると「この人が犯人じゃない?」なんて、一人前に推理したりする。
あと、子ども向けに作られているんですが、大人もけっこう楽しめるんです。推理ネタ自体は、ありがちといえばありがちのネタも多いけど、推理の根拠となる情報が必ず本文内の図に示されていて、けっこう奥が深い。

物語パートと推理パートが分かれている構成もいいし、主人公・ミルキー杉山の冴えないコロンボ風のキャラ立ても、見ているうちに親しみが湧いてくる。んで、これけっこう人気シリーズでして、もう12作くらい出ているんですよね。で、夕食時に、一話ずつ読んでやってたら「もっともっと!」と言うもんだから、図書館で借りたり買ってきたりして、今10作くらい読んだかな。この過程で、あれよあれよと本が大好きになってきたので、ミルキー杉山、すごい!というわけで、多くの人におすすめしたいと思うのでした。面白いよ。

あと、DVDで『8時だよ!全員集合』を見せてみたんですが、やっぱり大笑いしますね。すごく気に入って、何回も見て「コレ誰?」「あれ何?」と質問攻めに。で、いっしょに風呂に入っていたとき、「全員集合にいる女の人誰だっけ?」というから「女の人いないよ」って。でも、「絶対いる!」って言い続けて「あっ。加藤ちゃんだ!」だって(笑)。ちゃんじゃなくて茶!

posted by okataco at 23:39 | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。