2012年03月28日

『君の歳にあの偉人は何を語ったか』(書評2012 12/50)

歴史って何の役に立つのか?ということをわりと真剣に考えています。
それはもちろん中学生が勉強からの逃避として考えているのではなく、学ぶべきものだと思うからゆえにそう考えているのです。

でも、これがけっこう難しかったりするんだな。

子どもが大きくなって問われたときに、どう答えたら伝わるだろうか?
わかりやすいのは、津波かもしれない。
歴史を辿ると、津波はここまできた。だからここから先に住むのは危険が伴う。
すごくわかりやすい歴史を学ぶ意味だ。
でも、これ以外に、子どもでもわかるメリットを提示するのって、けっこう難しかったりする。
「未来を知ることはできない。だから過去を知って未来に備える」
これが一番よく言われる模範解答。でも、「戦争はダメって歴史から学んでいるはずなのに、なんで歴史は戦争ばかりなの?」という一手を打たれたら、とたんにこちらの雲行きは怪しくなるわけでね。

このように歴史を学ぶことの意味がわかりにくいのは、それを体現した本が少ないことも一因だと思う。どうしても、歴史村だけの話に終始したり、今の自分たちにつながってない戦国や幕末の一部だけを物語として見るだけだったり……。

そんななか、この新書は、歴史を学ぶことの意味をわかりやすく提示していてすごく好感を持った。
内容は、偉人たちの年齢に注目して、彼らが何歳のときにどういう言葉を残したのかを綴っているもの。「俺と同じ歳にあの偉人はこんな発言を!」という燃料を心に投下して頑張ろうぜ! という歴史本の体裁をした自己啓発の書なんだろうけど、いいですね。一昔前の歴史を使った自己啓発というのは、「家康に学ぶ部下管理術」といった、年配の方向けばかりだったけれど、これは若者を狙って書かれている点がいい。
いろんな人物の言葉が紹介されていたけど、寺山修司が35歳のときに残した言葉がやはり目を魅く。

《結局、経験の重みを原点にすると老人だけが世界について語る資格を持つ。ぼくらは地球のふちに腰かけて順番を待つしかない。それでは村落社会の発想を出ないんだ》

歴史を学ぶことで若者が発奮する。実にいい。歴史は若者を発奮させる効能ももってるな。


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2012年03月26日

オリンパスPEN Miniで一眼生活はじめました

一眼始めた.jpg前から一眼レフのカメラが欲しかったんですよね。

ブログ仲間と飲むことも多く、そういった人たちのカメラを見てると「俺も欲しい」と思うようになって。

また最近、歩くことを強化しているなかで、いいカメラを持てばもっと歩くことが楽しくなるに違いないという目論みもあり、いろいろ物色はしていたのです。

ただ、いいカメラであっても重かったりデザインを気に入らなかったりすれば、買っても結局家においてくることになるわけで。

iPhoneを持ってから、普通のコンパクトデジカメの出番が激減しているので、なにはともあれ外出するときにさっと持つ気になるカメラでないといけない。

そんなニーズから検討した結果、オリンパスPEN Mini という文字通り「ミニ」な一眼デジカメにしました。ミニながらもレンズは交換可能。それで、ここ数日使っているのですが、思った以上に楽しいね。

一眼を持って感じるのは「別に撮る必要のないものを撮る楽しさ」ですね。
普通のコンパクトデジカメで撮るものは、撮る必要のあるもの。でも、一眼は必要のないものを撮ったときに、残そうと思える絵が撮れる。これが大きいね。
上に掲げたのは、ジェンガをするチビですが、こういった何気ない写真を撮るのが楽しくなった。あと、単焦点レンズを付けると食事がとても良さげに撮れて楽しいね。

というわけで、写真をたくさん撮るので、それ専用になにかブログを開設しようと考えこんなブログを作りました。

「きょうの京都」

文字通り京都ネタをアップするのですが、東京でのよい食事どころも紹介しよう。
だから実質は「きょうの京都+飯」ということで。
京都ネタは、帰省しているときだけ更新するので、そんなに頻繁に書かないかもですが、更新したときはここでもリンクするので、よかったらご覧ください。
僕も20年ちょっと東京で生活したからこそ、京都の良さというか不思議なところ、面白いところが目につくようになったので、そんな部分を写真とともに紹介したいと思っています。

それにしても、買ったところで家に置き去りにするのではーと思った一眼と歩く日々がそれになりに楽しくてよかった。もう新しいレンズが欲しくなっているのが、ヤバいようで嬉しいのでした。




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2012年03月24日

神戸ホムスタ遠征

神戸1.JPG昨日から京都に帰省しているので、今日の神戸ホムスタであったFC東京の試合を見て来たのでちょっとレポートを。

京都からは東海道本線の新快速に乗れば50分で三ノ宮までくる。

今日は、せっかく三ノ宮に行くのだから、幕末史跡を見ようと検索すると、神戸海軍繰錬所跡碑があるからちょっと立ち寄ってみた。ここは勝海舟が海軍の訓練をしたところで竜馬もいたところだね。

ここから地下鉄で10分ちょいも乗ればスタジアムなのだから、近いものだ。


神戸2.JPG


神戸のホームはホームズスタジアム。今日は、アウェイ側のメインスタンドで見ていたのだけれど、個人的には過去最高の展望だった気がするなー。実にいいスタジアム。うらやましいくらいにね。ちなみに、今までいくつのスタジアムに行ったのだろうかとふと思ったので、つらつら書いてみようか。

味の素スタジアム/国立競技場/三ツ沢競技場/日立台柏サッカー場/アルウィン松本/フクダ電子アリーナ/埼玉スタジアム/ナックファイブスタジアム/万博競技場/西京極/駒沢競技場/NDスタジアム山形/長居競技場/ホムスタ

こんなもんか。案外少ないな。静岡〜名古屋あたりに全然行けないんだよなー。関東だと等々力と横浜国際に行ったことない。鳥栖とかも行ってみたいんだけどね。競輪は全部で45場とか50場を制覇するのを目標に頑張ってる人いるんだけど、Jリーグのスタジアムでも全部行こうとしてる人いるんだろなー。僕もいつか全部行きたい。これと史跡巡りがあれば、いつまでも楽しく日本中を旅できるんではないか。我ながらいい趣味だ。

さて、今日の試合は、苦しいながらもカウンター2発で快勝!勝負強くなったなー。今年の東京は、楽な試合はひとつもなかったけど、勝ちきる力がついてきてるなー。ポポビッチ効果だろうか。今日は、ポポ監督が試合終了と同時に、我々メイン側のファンに拳を突き上げてくれた。熱い!いい監督だ。今年のFC東京は俄然楽しませてくれそうで、気合い入れて観戦する所存であります。
この写真は、試合終了後のもの。前のおじさんが「ガンバレ!伊丹の星」ってゲーフラあげているから、米本のご親族の方なのかな。ヨネも出られるとよかったのにね。ま、次は出るだろ!

神戸5.JPG



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2012年03月20日

『こんな本があった! 江戸珍奇本の世界』(書評2012 11/50)

こういう仕事をしていると本との運命的な出会いがある。これもそのタイトルに魅かれて渋谷の丸善・有隣堂で偶然手にしたものですが、実に素晴らしい本で、いつかこの方と仕事でつながりたいと切に思えたいい出会いだった。

著者は、2000年から日本有数の古典籍の宝庫として知られる愛知県西尾市の岩瀬文庫の新目録作りに取組んでいる名古屋大学大学院の教授である塩村耕さん。

この本では塩村さんが、岩瀬文庫に所蔵されている名もなき書物を丹念に見ていくなかで、これは面白い!と思った書物を紹介しているわけですが、古典籍となると、どうしても授業で習うような格式のある古典≠連想するけど、塩村さんは、今の時代にも同じようにある通俗的な本を面白く紹介してくれるのです。

ただボクがこの本を素晴らしい!と思うのは、そういった珍奇本の紹介が面白いからだけではない。塩村さんが、昔の本を読むということの意味を熱く教えてくれるからなのでした。

塩村さんは、ひとつの嘆きを冒頭に掲げている。
それは古代遺跡などが発見されると新聞などでは大きく報道されるけれど、書籍が発見されても見向きされることは実に少ない。江戸時代の書物というのは、現代に役立つ示唆を大いに与えてくれるけれど、この膨大な書物群が注目されることがとても少ないと。

そして、こう付け加える。
曰く「近代以降の学校教育では、原則として変体仮名は用いず、草書体漢字も教えない」「逆に江戸時代の庶民の多くは、草書しか書けなかった」「結果として、膨大に残された江戸時代以前の書物が、人々に縁遠い存在となってしまい、現在に至っている。わずか百年ちょっと前の、普通の文献が、多くの人に読めなくなっている状態は、文化のあり方として決して健全とは言えない。世界中でもそんな国は珍しいのではなかろうか」


今まで考えたこともなかったけど、たしかに僕たちが江戸時代の手紙や本を「読めない」という事態について、もっと深く考えるべきだ。この指摘は、すごく真っ当であろうし、心に残るものだった。

ただ、塩村さんは、読書を愛する人は、今からでも「くずし字」を学んでいただきたいと言う。なんでも、一、二ヶ月もあればマスターできるという。
そうなのか。よし、いつかこれは文化講座にでも行ってマスターしてみよう。

そんな気持ちにさせてくれたこの本は、中で紹介されている江戸時代の書物も実に面白い。そんななか子ども向けの教訓書「むかしありしこと」を紹介してみよう。

これは絵入りでこういう悪い事をしたら、こうなりますよという単純明快な教訓絵本。なかでは「身分不相応の奢りをせし故、後に困窮して家蔵田畠を売るところ」といった場面が紹介されているのだが、文献紹介に留まらないところがいいのです。

塩村さんは、こういった本を紹介しこう続ける。「現代の小中学校にもこんな教科書があればよいのに」「振込詐欺を働く連中が天狗に引き裂かれる図。赤ん坊を自動車の中に置き去りにしてパチンコに熱中する夫婦が、鬼に縛られて大量のパチンコ玉を飲まされているところ。ゴミや自動車を不法投棄する輩が地獄の肥だめに突き込まれる姿。そういう怖い絵を子どもたちにたっぷり見せておきたい気がする。人間には理屈抜きで、してはならぬことがあるからだ」

こういう私見が実に子気味いい。こういった文献紹介本は、ややもすれば文献自慢に陥りがちだが、この本は違う。しっかりその書物の本質を見抜き、現代にこの知恵を生かすための方策とともに提示されている。歴史を学ぶということの意味を、しっかり意識されておられる実にすばらしい著者の名著なのでした。


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2012年03月16日

『ねこ背は治る!』(書評2012 10/50)

「ねこ背治る!」と言い切るこちらの本。話題になっていたので、どういう仕組みで治るのか気になって読んでみた。

すると、この本は、ねこ背が治るだけでなく、呼吸が深くなるし、腕力が上がるし、足も速くなるという。それも読んで知るだけで。

なんかちょっと不思議な感じですが、読めばたしかに納得させられる部分はある。

この本では、「身体に関して勘違いしていた部分を正すことで、あなたの身体は変わるんですよ」という主張をしている。

たとえば、肺の大きさをみんなは、胸の中央にちょこんとあるだけだと思っている。でも、実際の肺は、下は肋骨の下近くまで、上は鎖骨を越えたあたりまで広がっている。

この大きさを意識することで、人の呼吸は深く大きくなり、隅々まで酸素が行き渡るというのです。

なるほど。

で、肝心のねこ背はというと、ここがこの本の最大の驚きだったけど、絶対にねこ背にならない姿勢というのがあるんですね。
それは、足を曲げて膝をたてて立つ姿勢。これだと人は絶対にねこ背にならない。ここから導かれることは、ねこ背になるorならない決め手は、身体の体重をどのようにかけるかであるということ。

よくねこ背にならないように「胸を張れ!」というけれど、胸部の筋肉とかは関係ない。体重のかけ方、それは足の太いほうの骨にきちんと体重を乗せれば自然とねこ背は治るのです―というのが、この本の主張ですかね。

それで全体を読んだ感じですが、本としては、面白かった。書いてあることが若干冗長な感じはするけど、身体を知ることの大切さを説くところはわかる気がする。ただ、常に意識しなければいけないので、なかなか一朝一夕に治るとは思えない。でも、治すための第一歩としてはいいかもなーと思えたという感じかな。手軽だしね。

最近、健康本をいくつか読んでいるけれど、自分の身体を使って実験できるところが、なんか新鮮でいいね。こんなの新鮮であるのは本当はおかしくって、もっと若いときから自分の身体について詳しくあるべきなんだろうけどね。


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2012年03月10日

『斉藤孝のざっくり!世界史』(書評2012 9/50)

世界史が苦手という人は多いと思う。

教科書を見ても、全然面白さがわからなかったし、テストに出るような単語は覚えていても、それが何を意味するのかわからない人も多いでしょう。

それは「世界史」を学び、何を理解したいのか。そこが空っぽだからなんですよね。なんのために学ぶのかというのが、掴みにくい。でも、この本は、世界史って、こういうことを学べばいいのかというのを教えてくれる。斉藤孝さんは、世界史の専門家ではない。でもだからこそ、何が流れの中で重要なのかということを、大胆に描ける。以前から思っていたけれど、入門書というのは、実は門外漢の人のほうが上手に書けるよね。そう思った一冊だった。

たとえば、コーヒーとお酒を対比させた項目がある。
何気なく飲んでいるコーヒーだけど、それまで飲んでいた酒と違い覚醒するコーヒーによって近代が始まったという大きな意味がある。そしてコーヒーは植民地での過酷な労働によって生産されるため、南北の格差をより助長することにもつながっていく……。

こういったモノに焦点をあてて「世界を俯瞰」するという視点を与えてくれるのが、この本の実によいところ。

世界史の授業では聞き慣れた「ルターの宗教改革」という言葉も、その本質ってこういうことだったのかと教えてくれる。

《当時「聖書」は、教会で司祭が読み聞かせてくれるものでした。聖書に何が書かれているのかについては、一般の人々は、司祭の言葉を信じるしかなかったのです。
つまり聖書がラテン語で書かれているということが、教会にとっては、すでに権力を守る「盾」になっていたということです。
<中略>民衆は、神の言葉を一方的に、それも教会を通して聞くしかない。
そうした知の独占が教会の偽善的権力構造の温床となっていることを見抜き、民衆に知を取り戻そうとしたのが、ルターの宗教改革の意味だったのです》

そして斉藤さんは「知る」ことこそが、いつの時代でも権力に結びつくもっとも大切なことだと言います。

宗教改革は何年に誰がやったということよりも、「知ることが何より大切」であるということを、こういった話とともに聞く事のほうが何倍も大事。そういう意味からすれば、既存の教科書よりも、ずっと大切な世界史の要点を教えてくれるいい本だと思いました。
手軽に読める文庫で619円+税。世界史の大枠を知りたい人には、ぜひ勧めたい一冊です。



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2012年03月01日

ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和

展覧会.JPG国会図書館で「ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和」という企画展をやっているというのをツイッターで見知ったので、「おっ!」と立ち寄ってみたのですが、これが実に素晴らしかったので、自分のメモがてら報告を。

内容は、その名の通りですが、明治・大正期の資料が大変わかりやすく展示されていたのが個人的には一番の収穫。前から雑誌や書籍の成り立ちをもっと知りたいと思っていたのです。それこそ与謝野晶子や正岡子規といった名前が出るあたりのものは資料もよく見るだけど、その前の明治からのものってあまり見たことがなかった。でも、今回は、そこがたくさんあり、いろんな気づきがあった。

雑誌が報じてきたものは何か? この命題にこの企画展は実にシンプルな回答をくれる。
その大きな柱の二つが災害と戦争なんですよね。
今でも、震災があると「東日本大震災増刊号」といったものが出るけれど、これってすごく雑誌の原点なんだね。江戸時代の安政地震の時代からこういった災害情報が冊子の形にまとめられていて、明治三陸沖地震のときのものや関東大震災の増刊号といったものを見ることができた。

戦争と雑誌の関わりも実に密だ。なんでも最古の瓦版と呼ばれたものは、慶長20年(1615年)の大阪城落城を報じたものらしい。
明治から昭和初期の出版をリードする博文館という版元は「日清戦争実記」という戦地の状況を写真入りで報告する雑誌で大きく成長する。
昭和27年の8月6日に発行された『アサヒグラフ』の原爆特集も印象的だ。終戦直後、原爆に関する資料はGHQによってその流布などが禁じられていた。それをこのときグラフ誌で特集。多くの人がその状況を写真で確認する機会を得て、これは4回増刷して70万部売ったという。

入っていきなり目にする週刊誌の祖といわれる『団団珍聞』がすごかった。あんなの残っているんだな、しっかりと。発行は野村文夫。この『団団珍聞』と二頭として挙げられたのが北沢楽天の『東京パック』。このあたりもっと調べてみよう。博文館の栄枯盛衰にも興味が出た。『吾輩は猫である』の初版の装丁を担当した橋口五葉。岡倉天心が創刊した『国華』。国木田独歩が編集した『東洋画報』。対外プロパガンダに使用されたもののデザイン史をリードした『FRONT』と『NIPPON』などなど、知りたい&調べたい&書きたいと思わせるものが、すごくたくさんあった。この展示を企画した人はどんな人なんだろうか。国会図書館の学芸員の方なんだろうけど、いつか会いたい。いっしょに仕事したいなと思わせてくれた素晴らしい企画展でした。感謝、感謝です。
国会図書館の展示は明日までだけど、この後、関西で見られるみたいです。

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