2012年06月19日

『「体を温める」と病気は必ず治る』(書評2012 26/50)

去年から、食事や体操による体質改善に取り組んでいるのですが、なにかとよい反応があった。
腰痛から始めたストレッチを続けているおかげで、歩くことが楽しくなったし、この延長線上で、万歩計を買ってより積極的に歩くようになって、痩せたしとてもいい感じ。

ここで思うのは、まだまだ変われるんだなってこと。精神面はもちろん、体も全然変われる。じゃ、もっと良い方向に変わろうと思って、取り組み始めたのが体温アップなのです。

「冷え」は、去年から改善点に挙げていたけれど、単純に「足を温めたい」という部分願望で、靴下をたくさん履くという方法で対処していたもの。これをもっと突き詰めて平熱を上げようとしているわけですが、その参考書がこの『「体を温める」と病気は必ず治る』という本。

この本では、現代人が罹る病気の多くが「冷え」が原因であり、それを改善することが、体のために大切と書いてある。

もともと平熱は高いほうじゃなかったけど、この本では、平熱は36.5度が理想だという。で、計ってみると、その時間帯によってもまちまちなんだけど、35.8から36.4くらい。きっとこれはここ1年体質改善で上がったんだと思う。それ以前は、たぶん35.5くらいだった。病気とされる37度までアドバンテージがあっていいじゃないかと思っていたのだから無知って怖い(笑)

さて、それで、何が体温を下げるかというと、以下の6つが挙げられているのです。

《知らず知らず体を冷やしている「6つの原因」》
1 筋肉不足
2 夏型の暮らしを一年中することと冷房の悪影響
3 ストレスで血行を悪くしている
4 入浴法が悪い
5 食べ物・食べ方で体を冷やしてしまう
6 薬の飲み過ぎ

つまりこれの逆をすれば、体温は上がるわけ。
1の筋力不足は、歩くことによって足の筋肉を増やすといいとあるので、現状のままでよし。ストレスはないし、風呂も湯船に浸かってるし、薬も飲まないしで、結局は、やはり食べ物なんだろうな。改善できるのは。

で、本には、「温める食べ物」と「冷やす食べ物」という分類があるのですが、これからこの分類によって、食べ物を選択してみようかと思っています。
例えば、こんな分類方法がある。
1「青や白の食べ物は冷やす、赤や黒のものは温める」
2「柔らかいものは冷やす、堅いものは温める」
3「南方産のものは冷やす、北方産のものは温める」

「1」で言えば、単純だけど白ワインよりも赤ワインのほうが温めるのだという。「2」でいえば、パンよりも玄米ということ。「3」は、南国フルーツのパイナップルは冷やすが、北方フルーツのリンゴは温めるという。
そして当たり前だけど、冷たいものは冷やすし、あったかいものは温める。

食事を選ぶときに、迷ったり、どっちでもいいってときあるよね。そんなときに、こういった指針を頭に入れて、選ぶようにしてみようかと。厳密じゃないですよ。あくまで努力できる範囲でね。

個人的には、酒を選ぶときに気をつけたいと思っている。もう前から実践していたけど、ビールを飲み過ぎるのはやめようと思う。ビールは好きだけど、例えば、冬の夜中にビールを飲むようなことはしない。刺身といっしょにビールを飲むのも嫌だ。体を冷やすビールは、暑いスタジアムとか、そういうところで飲むものだ。いっそ明るいときにだけ飲んでもいいという縛りでも付けてみようか。そして選択肢に黒ビールがあれば、積極的に選ぶと。もともと黒ビールは好きだったしな。と考えてみると、黒いギネスビールは寒いアイルランドのものだ。きっと理屈的に正しいのだろう。
お酒も、最近、燗酒が好きなので、できれば燗酒を推奨してくれるお店に行きたいな。
Barでも、注意してみよう。そういえば、最近、バーで酒を飲んでいると胃のあたりが冷えている感覚になることがたまにある。考えてみれば、氷で冷やした飲み物を3杯も4杯も飲んでいれば、冷えるのは当たり前なんだよな。調べてみるとビールはもちろんだけど、麦で作られたウイスキーも冷やすという。対してブドウ由来のブランデーはそれほど冷やさない。これを契機に、ブランデーでも愛好してみようか。

ま、この程度の嗜好変化でどの程度の反応がでるのかさっぱりわかりませんが、こうやって試すことが楽しく、今では、1日に2、3回、体温計で体温を計っているのでした。

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2012年06月13日

『手塚治虫の昆虫つれづれ草』&『ネオぽけっと昆虫』(書評2012 25/50)

息子の幼稚園の友達が大の虫好きなんですよ。
いっしょに公園に遊びに行っても、いろんな虫を発見して、息子に名前を教えてくれたりする。その子が、小さな図鑑を持って来ているそうで、それを見ているうちに「僕もやってみたい」と思ったんでしょうね。「僕も虫の図鑑が欲しくなっちゃった」と言ってきた。それで、「いいよ」と買ってやることにしたんです。

というのは、僕、前から「虫好き=天才」というイメージがありまして。思いつくところでも、北杜夫、養老先生、そして手塚治虫。こういった人はみんな虫が好き。ちょっと忘れたけど外国人の偉人にもけっこう虫好き多いんです。

で、息子が虫の図鑑を買いたいと言うので、「そりゃいいことだ」と思って探してきたのが小学館の『ネオぽけっと昆虫』というやつ。これが、けっこう考えて作られてるんです。誌面がカラーで充実しているのはもちろんですが、紙が軽いのがスゴいね。束のわりには、ずいぶん軽くてこれなら持ち歩こうと思えるもの。多分、こだわって作ってんだろうなー。安いしいい図鑑。
で、この図鑑を買ったときに、いっしょに買ったのが、この手塚治虫の昆虫エッセイ。手塚治虫が書き残したものを漫画化したもので、これがかなり昆虫濃度が高くって、僕なんかあまり理解できなかったけど、昆虫趣味ってこういうもんだよね。

んで、息子に買ってあげた図鑑をいっしょに見たり、手塚治虫のエッセイを読んだりして改めて「虫好きは天才を育てる」というのを確信した次第。天才は大げさかもしれないけど、幼少期の成績とかかなり上がるんじゃないかな。思いつくのはこんな理由。

1 図鑑を何度も見ることで語学能力が上がる。
2 分類するという感覚が身に付く。
3 細部までの観察能力が身に付く。
4 関連する地理、地学、自然など多岐にわたる学問に興味がわく。

もっとあるだろうな。うちの息子は、その友達の真似をして買っただけだから、まだ図鑑と首っ引きという状況にはほど遠いけど、そのうち図鑑がボロボロになるくらいまで読んでくれたら嬉しいなと思っているのです。
僕もちょっと昆虫のことをこれから気にしていこうかな。

*明日というかもう今日13日は、石黒謙吾さんとのカフェゼミ3回目です。まだ若干名なら席あるようなので、興味ある方お店に問い合わせてみてください。詳細こちらです。




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2012年06月08日

『安藤忠雄 仕事を作る』(書評2012 24/50)

世界的に名高い建築家・安藤忠雄。この人は、実にユニークで面白い人なのです。

《私は大学の教育を受けていない。自分で生きる力を身につけなければという思いを人一倍強くもってきた》

こんな一文にもあるように、彼は幼いときから建築家を志すも経済的理由で大学への進学を断念。そこで、建築の専門書を買いそれを一人で読み込むことで、建築を学んでいく。大学に行ってはいないが、行ってる人間に負けまいと勉学を続けて、4年相当時には、「たった一人の卒業旅行」と称して、日本中の建築を見てまわる旅に出る。その後も、独学で一級建築士の免許を取得し、仕事にかかわるすべてを独学で身につけていったのである。ただ、事務所を造っても仕事は当然来ない。そこで、空き地を見つけてはそこにふさわしい建築プランを持ち込んだり、世界中で行なわれている建築のコンペに応募するということで仕事を広げていった。
後年、彼は東大で講義を行ないそれをまとめた書物を出版するが、そのタイトルは『連戦連敗』。まさに安藤忠雄は、負けることを恐れずに独学で立ち向かい続けてきた。副題の「仕事を作る」というのは、シンプルながらも至言だと思う。

この本には、そんな安藤忠雄の半生や、建築への思いが綴ってある。こんな一文が印象的だった。
《建築をつくる行為は、人を育てることに似ている。人間と同じように、敷地にも性格がある。一つとして同じ条件は無い。私たちはまず、既存の建物や、街並みの風景など、その敷地の個性を的確に読み取り、それを活かして計画に臨まなければならない。教育も本来、子どもたちの性格にあった形で能力を伸ばすことを考えるべきだ。》

またこの本には、安藤忠雄の建築がいろいろ紹介されてあって、それも面白かった。以前「ヴォーリズを訪ねて」というブログに出会ってから、近代建築に興味を持ち始めたのだけど、建築探訪というのは楽しそうな趣味でいいな。これから勉強して、巡りたい建築をリストアップしていこうと思っているのです。
安藤忠雄作品では、「司馬遼太郎記念館」は是非として、「住吉の長屋」とか「光の教会」も見てみたいな。


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2012年06月04日

『勝ち続ける意志力』(書評2012 23/50)

著者は梅原大吾。世界的に「ウメハラ」と呼ばれる彼は、日本人で初めてプロ・ゲーマー≠ノなった人物で、2010年には「世界でもっとも長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」としてギネスにも認定されたという。そんな彼が書く「勝つための仕事術」には、たとえばこんなことが書かれている。

《僕はこれまで頭の回転が速く、要領が良く、勢いに乗っていると思われる人間と何度も戦ってきたが、ただの一度も負ける気はしなかった。それはなぜか。彼らと僕とでは迷ってきた量が圧倒的に違うからだ。(中略)僕はこれまでの人生で何度もミスを犯し、失敗し、そのたびに深く考え抜いてきた。だから、流れに乗って勝利を重ねてきただけの人間とは姿勢や覚悟が違う》

補足すると、彼は次から次へとリリースされる格闘ゲームで、もっとも流行っているタイトルに挑み、相手の癖やハメパターンといったものに頼らず、努力と研究によって、世界一の称号を得るまでに登り詰める。そこには、膨大なトライ&エラーがあり、この試行の連続こそが、自身を高みに上らせたと彼は語るのだ。

こういった勝負哲学と同じくらい本書で重きが置かれているのは、彼が抱き続けた「なぜオレはゲームなんだ」という苦悩である。親は「好きなことをすればいい」と、彼がゲームに打ち込むことに苦言を呈さなかったというが、彼は長い間「ゲームでいいのか」と悩み続けたのである。「オレはゲームを極める!」と決意し実際にチャンピオンになった人物でも、この悩みを抱き続けたのだ。

この話を読んで、いつも考えているこんなことを思い出した。それは、多くの親は子どもがゲームをすることを「よくは思わない」というスタンスだと思うけど、そこから一歩踏みこんで「なぜゲームはダメなのか?」という問いと向き合ったときに、明確な答えを出せる人が、どれだけいるだろうかということだ。

ちなみに僕の現状での考えはこんな感じである。

その昔、「漫画はダメ」という親はけっこう多かったと思うけど、今は「漫画は漫画でも、漫画による」と考える人が多いと思う。で、ゲームだけど、これも同じこと。つまりジャンルによるのではなく、結局は「受動か能動か」ということが大事なのだ。

本でも漫画でもゲームでも映画でもなんでも同じで、「能動的に」取り組むのであれば、そこから何かが得られて、人の成長に役立つんだと思う。これがただただ受け身で、受動するだけだと、時間だけが浪費されていくのではないだろうか。たとえば、子どもがゲームをやって「これよりすごいゲームを作りたい」と黙々と研究してるのを見て、それを止める親はいないわけで、結局は、この「受動か能動か」という視点で、考えるのがいいように思う。

おそらく、その媒体の特性として、本というのは能動になりやすく、ゲームというのは受動になりやすい。これは、もちろんすべてがそうではなく、受動になる本もあれば、能動になるゲームもある。また人の特性にもよって、どんなものでも能動的に取り組める人もいれば、どんなものでも受け身になってしまう人もいる。でも、全体的にみれば、ゲームのほうが受動的になりやすいから、親は読書を勧めてゲームを嫌うという構造になりやすいのだと思う。

でも大事なのはゲームか本かという媒体論ではなく、能動的か受動的かという姿勢にあるのだと思うというのが、現状での僕も考え。

そして、これは直感だけど、「加工度が高いものほど、そこから得られるものは少ない」ということもあるように思う。「得られる」というと言葉があいまいかな。たとえば、創作のヒントになるというものは、加工度の低いものが多いといえばいいかな。ま、これは話が長くなりそうなんで、またいつか書こうと思います。

ま、そんなわけで「ゲーム」というものについて考えるきっかけになったこの本。「僕はゲームを真剣にやりたいんだ!」「僕は麻雀を極めたい!」(梅原さんは一度ゲームを諦めて麻雀のプロにもなろうとしていてその話も本書にあります)と、子どもが言ったときに「じゃ、これ読んでごらん」と渡す一冊としても役立つように思います。

posted by okataco at 14:43 | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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