2012年10月31日

『新白河原人』(書評2012 41/50)

「福島県の山中で自給自足を目指す漫画家の奮闘雑記」なんて言葉が帯にあるのですが、この言葉では到底言い表すことのできないスゴさです。驚きの人でした。

《フト気付いたら風呂場の鏡の中に、疲れて消耗し、脂ぎって肥え太ったオッサンがいた。(中略)このまま消費経済に飼い馴らされたブタになってくたばるのヤダなて思った。》

きっかけはこんなこと。鏡の中の自分に衝撃を受けてまさに一念発起。作者は、消費経済から脱却して自給自足の生活を目指そうと福島県の新白河に山を買うのですが、この山がスゴく、ガス、電気はもちろん、水道も通っていないところなのです。
山はまさに山であって、平地もないから家を建てるにも、草刈り機とチェーンソーとユンボを自分で操って更地にして、ここにたった独りでログハウスを建てる。水もないから、ボーリング会社に頼んで井戸も掘る。

この本では、このログハウス作りの詳細から、食事、農園、サウナ作りなど、まさにこの地で「原人」となった作者の奮闘が、リアルに報告されている。
なかでも印象的だったのが、どんどん健康になっていくという話。彼は、この健康を自分のウンチでこう報告する。
《今日のはまた一段と見事。太く、長く、若干どくろを巻いて、かま首を水面にちょんと出して居座っている。あまりに立派なので流してしまうのが惜しまれる》
リアル過ぎるわ(笑)。でも、このウンチで健康がわかるというのは、最近実感してるんです。というのは、しばしば2歳児をトイレに連れて行ってウンチをさせることがあるんだけど、それはそれは立派なものをする。それも一本ドーン! そしてドーン!としたら「おちまい」といって終わり。ウンチがすぐ終わる。で、お尻を拭こうとしても全然汚れていない。スゴい!といつも驚く。ウンチってのは、出たものもそうだけど、その排出ぶりからも人間の機能がわかるんですよね。

食事の話も面白かった。月間の食費を夫婦二人で2万円と決めているので肉など滅多に食卓に並ばない。でもまったく飢えていなく、小さな農園で育てている野菜の消費にも困るほど。
《キュウリに味噌をつけ、ボリボリと日に10本も食う五十男の私は、もはやカッパ。日本の風土は、たいして気張らずとも僅かな畑を営めば、家族二、三人分の野菜を恵んでくれる》
このように自然に寄り添って生きると、この風土の豊かさを感じられる。消費社会目線で見れば貧しいだろうけど、この原人の生活は豊かだ。福島ゆえ震災の影響も少なくなかっただろうけど、自給自足を楽しむこの原人の生活がこれからどうなっていくのか、今後も見守って行きたいと思った一冊でした。

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2012年10月26日

『いじめられている君へ いじめている君へ いじめを見ている君へ』(書評2012 40/50)

2006年と2012年の二度に渡って『朝日新聞』にて連載されていた「いじめ」に関する著名人からのメッセージを書籍化したもの。

僕は、このいくつかをネットで見ていたのだけど、さかなクンが綴ったメッセージがずっと心に残っていた。

《ぼくは変わりものですが、大自然のなか、さかなに夢中になっていたらいやなことも忘れます。大切な友だちができる時期、小さなカゴの中でだれかをいじめたり、悩んでいたりしても楽しい思い出は残りません。外には楽しいことがたくさんあるのにもったいないですよ。広い空の下、広い海へ出てみましょう。》*全文はこちらで読めます

こんな言葉で終わる彼の言葉は、現実に即した真味と優しさがあった。
いじめを知らない人は「いじめをゼロに!」という。でも、それはいつまでたっても実現されないし、これから実現されることもないだろう。このなかで多くの人が「いじめがあったら逃げろ。堂々と逃げろ」と言っている。このメッセージがどれほど当事者に届くかわからないけれど「いじめをゼロに!」と標榜することよりは、ずっと具体的だし、誰かを救うように思う。

だから、この本は、本当に広く読まれて欲しいと思う。
いじめに直面する中学生が自ら買うことはあまりないかもしれない。だから図書館や地域の施設など、いろんなところで買って置いて、いじめと関わる人に届いて欲しい。
僕は、今、二人の子どもの親だけど、子どもたちがいじめに関わらないかと不安な気持ちがないといったら嘘だ。多くの親が僕と同じようにいじめの心配をしていると思う。そんな親にとっても、この本は、少なからずの指針を与えてくれると思います。


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2012年10月24日

『よみがえりのレシピ』

64shisya_main111.jpg先日『よみがえりのレシピ』という映画を観た。

この映画のテーマは、山形県の在来作物。練馬大根や九条ネギといった言葉なら知っている人も多いだろうけど、こういった地域に根ざした野菜を在来作物といいます。

《在来作物は何十年、何百年という世代を超え、味、香り、手触り、さらに栽培方法、調理方法を現代にありありと伝える「生きた文化財」である。しかし高度経済成長の時代、大量生産、大量消費に適応できず、忘れ去られてしまった》

この在来作物が、今、全国で姿を消しつつある。味は一定じゃないし、形も不揃いで流通に向かない。全国のスーパーに毎日に整然と陳列させるためには、同じ規格の野菜を並べたほうが都合いいからと、日本の各地で作られていた在来作物は姿を消しつつあるのです。

知らない人も多いけど、こういったスーパーで整然と並んでいる野菜の種というのは、ほとんどが種の会社から買っているものなんですよね。
芽が出て膨らんで花が咲いて枯れて種が落ちて芽が出る。
本来、自然とはこういったサイクルで自活しているものだけど、人間生活のわかりやすい利便性のために、作物を取ったらまた種を買ってきて植えている。
これは、なんか不自然だなと思うけど、じゃどれだけの人が、自然な循環型の生産活動の現場を知っているのかというと、ほとんど知られていないんじゃないかな。僕も知らなかった。で、この映画を観て、初めて知った。

山形の在来作物である「だだちゃ豆」や「甚五右エ門芋」を収穫した後、次のシーズンに植える種を選別する場面が出てくる。この選別で味も変わるから真剣ですと、農家の方が鋭いまなざしを送る。種を伝えるというこの真剣さが伝わってくる。
在来野菜を学校で育てる試みも紹介されていて、種をまいて野菜を食べて、そこで得た種を植えて、そこからまた芽が出る。こういったサイクルを子どもに体験させている。
実に大切なことだと思った。自然を理解するためにとても大事なことだと思った。

この映画の最大の見所は、焼き畑で作られた藤沢カブだと思ったなぁ。
山に火を入れて焼畑を行なうと、そこが芳醇な土地となって、特別に手を入れなくても自然と作物が育つ。映画では、この焼き畑と、ここに藤沢カブの種を蒔くシーンが出てきます。小さな小さな種。これをパッパッと蒔く。するとそこの斜面にずらーっと奇麗なカブが生える。実に感動的なシーンで、ちょっと鳥肌立ちました。

在来作物のことはもちろん、今の日本人が知るべきことがたくさん詰まった映画でありながら、楽しそうだし、美味しそうなのが、この『よみがえりのレシピ』のいいところ。美味しそうという部分は、山形の在来作物を活かした料理を作る「アル・ケッチァーノ」の奥田シェルに寄る部分が大きいのですが、いつかきっと行きたいと思った。あと山形でやってた「だだちゃ豆」の即売会のようなヤツにも参加したいぜ!

渋谷のユーロスペースで月曜の12時からの回で観たのだけど、客は30人くらいだったかな。狭い劇場なのに空席が目立っていた。映画の後、監督の渡辺さんが来て「みなさんの口コミでなんとかここを満員にしたい」と言っていた。いい映画だし、いい思いが詰まっていて、僕はきっとこの映画は満員になると思った。思いだけに偏らず、観て楽しめる映画になっているので、ぜひみなさんも足を運んでみてください。

*劇場などの情報は「よみがえりのレシピ」公式サイトで。

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2012年10月15日

『売れる作家の全技術』(書評2012 39/50)

作家・大沢在昌が、小説の全技術を披露したという煽りの本。読んでみたけど、想像以上に実践的な話があるだけでなく、この本自体が想像以上に面白くって驚いた。小説指南の本って、過去にもたくさんあったけど、これはその出来映えからして白眉ではないでしょうか。

その大きなポイントのひとつが、生徒の存在です。

《「小説 野生時代」誌上で、講座の参加者を募集し、あるていどの力をもった人のみに絞るため、作品を提出してもらい、そこから選抜することになった。「一生の思い出に本を一冊出したい」という人に用はない。「どうしてもプロになりたい」という人にだけきてほしい》

これは「まえがき」に書かれた一文なのですが、「大沢さんが小説のテクニックを誌上で公開しませんか?」と編集者に言われたとき、本当にプロになりたい受講生を相手に講座という形ならオッケーと伝える。そして上記のように、厳選して12人の受講生を集めるわけですが、この生徒さんたちが書く小説が一見すると「おっ面白そうじゃん」と思えるレベルが高いものが多いのです。しかし、大沢さんが各自の小説に対して、とても実践的な指摘をバシバシしていくのが、この本の見所。
その指摘や指導には、とても本質を突いたものが多く心に残った。以下、自分のメモがてら印象的だったものを。

《変化の過程に読者は感情移入する。これをしっかりと意識して小説を書くべきです。物語のあたまと終わりで主人公に変化のない物語は、人を動かしません。もう一度いいます。「物語のあたまと終わりで主人公に変化のない物語は、人を動かさない」。》

《「主人公に残酷な物語は面白い」》

《自分を追い詰めれば、アイデアは出てくるもの/答えを出さないで作った設問は、自分で考えもしなかったような答えが出てくるため、読者を驚かせる力を持つ。》

《「起」で与えた謎は、「承」から「転」のパートで一度解いてあげること。》

《読者が小説を読むということは、理解をしたいということなんですね。登場人物の行動原理が理解できるかどうかということが、読者がその小説に入っていけるかどうかという部分と深く関わってくる。》

主人公の変化の過程に読者は感情移入するって、まさに核心だなー。大沢さんが書くようないわゆる「ミステリ村」だけでしか通用しないような話もあるんだろうけど、これほど実践的な小説指南本はそうそうないでしょう。看板に偽りなしの快作!



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2012年10月13日

『料理図鑑』(書評2012 38/50)

もし僕が本屋をやるとしたら、とりあえず100冊ぐらい仕入れてずっと平積みで売りたいなと思った一冊。読者には子どもを想定して作られた料理の図鑑なのですが、大人も興味をもって読むことができる緻密に作られた良書でした。こんな本は、想いがないと作れないけど、作者の想いがしっかりとあとがきに記されていたので引用しておきます。

《私たちは一生の間に、8万回以上の食事をします。このかけがえのない命の営みを、楽しく、おいしく、安全にこれからも続けていくためには、自分で食材をしっかり選び、必要に応じて自分で作れる「食の自立」が、以前にも増して不可欠です。食材の選び方をはじめ、ちょっとした料理のコツや知恵すらも家庭では伝えにくい今、料理図鑑は、親から子へのことばに代わる料理のアドバイス集です。食の自立へのエールをこめて!》

いいメッセージ。そしてサブタイトルが、これまたよくって《『生きる底力』をつけよう》ですよ。サブタイトルというのは、わりと編集サイドが「売れるための」フレーズを選ぶものだけど、「生きる底力をつけよう」ですからね。素晴らしいと思う。これだけでも、編集者のスタンスや、著者との信頼関係がわかるというものです。

肝心の中身は、大きく7つの章に分類されている。
「料理ことば110番」「料理道具」「食材入門」「調味料」「飲みもの」「食の安全と健康」「お楽しみクッキング」
料理といえば「レシピ」と考えがちだけど、食材やその周辺を楽しく知ろうというのが、この本のコンセプト。それを実現するために、本書に掲載されている緻密なイラストはなんと3000点以上で、総ページ数は384ページで、オール2Cで、なんと定価が1680円っていうんだから、ホントにお買い得!

我が家では、この本を食卓のそばに常備しているんですが、いろんな発見につながってとても楽しい。「片栗粉の『片栗』って何だ?」と思ってパラパラすれば「昔はカタクリという植物の根から作られていたが、今はジャガイモのデンプンが原料」なんてことが、すぐにわかる。使えて楽しいホントにいい本。激しくおすすめです。

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2012年10月09日

吉水

吉水.jpg京都にちょっと帰省したとき、以前、ここで書いた『本当に大切にしたい日本の暮らし』の女将さんが営む旅館「吉水」(よしみず)を見に行ってきた。八坂神社から円山公園に入り、その奥に分け入るときれいな木々に囲まれた旅館がありました。外から見ていると、宿の方が「一服してください」と手招きしてくれ、中も少し拝見しましたが、外の雰囲気と少し違ってそちらもいい感じ。宿の前にあるのは桜の木。桜のシーズンも見事だけど、紅葉の時季も、周囲よりも少し高台にあるここは少し遅れて色づいて、これもまたいいのだとか。「吉水」のサイトを見ると、価格も意外とリーズナブル。朝食だけが出るいわゆる「B&B」ですが、京都に泊まる方、候補のひとつとして検討してみてはどうですか。
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