2013年03月28日

『関東大震災』(書評2013 9/50)

徹底的に資料を読み込み、綿密なデータから事実を浮かび上がらせる作家・吉村昭。中学生くらいから『破獄』『漂流』『長英逃亡』など色々な作品が好きだったけど、まだ未読だったこの作品を読んでみた。最近、近代建築が好きでいろいろ調べているのですが、東京には「関東大震災以降に建てられた」という建築物がけっこうある。有名なのは、日比谷公会堂ですが、これは関東大震災からの復興の象徴として建てられたんですよね。そう、東京にとって関東大震災というのは、東京大空襲と同じように、現在に色濃くつながる昔≠ネわけです。

それで関東大震災のことは、なんとなく知っているつもりではあった。でも、本書を読んで知らないことが多々あることに気付かされた。

《辛うじて持ち出した家財の焼失を恐れるのは当然の人情だが、それらが道路、空地、橋梁などをおおい、その多量の荷物が燃え上がって多くの焼死者を生むことになったのである。道路、橋梁が家財で充満したために、人々は逃げ場を失い、消防隊もその活動を妨げられた。関東大震災の東京市における悲劇は、避難者の持ち出した家財によるものであったと断言していい》

これに関連して寺田寅彦のこんなコメントが文末にある。
《関東大震災の大災害は、歴史的に考えれば前例が繰り返されたにすぎず、それは人間の愚かしさから発していると述べた。過去の人間が経験したことを軽視したことが災害を大きくした原因であり、火災に対する処置などは、むしろ江戸時代よりも後退している》

江戸時代の江戸の町は、まさに火事との戦いが身近にあった。冬は大火の可能性が高いと、土地を離れる人もいたほどで、火事のときの対処法は、江戸時代のほうが庶民に徹底されていたのだろう。それが近代化≠フなかで、こういった有事の際の知識が共有されていかなくなるというのは、なんとも示唆に富む話だ。ま、僕も避難民の荷物が、これほど死者を増やしたという事実は知らなかったし、こういった事実、より広く周知したほうがいいように思った。

流言による混乱も、事実としてなんとなくは知っていたけど、これほどまでとは思わなかった。震災直後の朝鮮の人に対する暴行は、まさに「日本歴史の一大汚点」と称されるほどで、ここで細かく書かないが、あまりにも酷いもの。政府や警察が、その流言をもみ消そうとしても、市民の間で根強くくすぶり悲劇を繰り返した。人は、追い詰められると、ここまで冷静さを失ってしまう。象徴的な事実として、こんなことが書かれていた。

《各所で人々を恐怖におとしいれたものの中に、門、塀等に記された奇妙な符号があった。その数はきわめて多く、A、12a、2P、1B、1m、○、W3、r、う、mなどと洋文字を使ったものや、ヤ、ケ、ヤヤ、ヌという片仮名文字、→、⇄など多種多様であった。これらの符号は、たちまち流言の絶好の対象となった。人々は、朝鮮人が社会秩序を破壊する符号として使用しているのだとかたく信じこんだ。それらの奇妙な符号は「殺人すべし」「放火すべし」「毒薬を投下すべし」「爆弾を使用すべし」などをあらわす暗号として恐れられたのである。しかし、それらの符号は、牛乳配達、新聞配達、糞尿処理業者が得意先の各家々を分別するために白墨等でしるしていたもので、朝鮮人とはまったく関係のないものであった。》

極限状態に追い込まれたとき、人は、平時では、考えられないような判断ミスを犯す。これはどこまでいっても防げないものかもしれないが、少しでもその被害を抑えるために必要なことは、今を知ること、過去を知ることなんだと思う。そのための一手として、辛い状況が各所に書かれたこの本だけれども、多くの人にとって有益のようにも思えた。
時を重ねたからといって、人はそれだけで過去の英知を蓄積できるわけではない。やはり大事なのは、積極的に知る姿勢と、それを教える教育なんだろう。

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2013年03月18日

『永遠のゼロ』(書評2013 8/50)


小説は、何のために存在するのか。いろんな答えがあるだろうけど、この『永遠のゼロ』は、あの戦争のこと、零戦のこと、特攻のこと、それらを伝えたくて書かれたのだろう。伝えたいことがあって、それを伝えるために書かれた小説。そうであるのだから、いろんな粗い点が指摘されたりするようだけれど、僕はそんなこと全然気にならなかった。いろんなことを知れて、いろんなことが伝わってきた。

物語は、特攻で死んだ祖父の本当の姿を知るべく、その孫が、共に戦いに行った人たちの話を聞いていくという体裁で進んでいく。各人の語りを通して、あの戦争の全体を知るという構造は、小説の妙味という面では単調かもしれない。でも、いろんなことが、心に残った。特に印象深かったものをメモ。

《八時間も飛べる飛行機は素晴らしいものだと思う。しかしそこにはそれを操る搭乗員のことが考えられていない。八時間もの間、搭乗員は一時も油断は出来ない。我々は民間航空の操縦士ではない。いつ敵が襲いかかってくるかわからない戦場で八時間の飛行は体力の限界を超えている。自分たちは機械じゃない。生身の人間だ。八時間も飛べる飛行機を作った人は、この飛行機に人間が乗ることを想定していたんだろうか》

零戦という戦闘機は、戦争の序盤には圧倒的な戦力だったが、それに乗る人がいかに消耗していたかという今まで気にしていなかった一面。図鑑などでは決してわからないことだ。

《かつて日露戦争では、連合艦隊がバルチック艦隊を打ち破って戦争に勝利した。連合艦隊はそれ以来、敵の王将つまり主力艦隊を打ち破れば戦争に勝つと思い込んできたのだ。しかし今度の戦争は、敵の王将を取れば終わりという戦ではない》

囲碁と将棋の関係を、日本の戦争観にあてはめた興味深い分析。日本は、信長の桶狭間が広く知られるように王将を取れば勝ちという戦争観が強い。でも、太平洋戦争の状況は、囲碁のそれに近く、拠点をどう戦略的に取るかということが重要だったというわけだ。

《「VTヒューズ」は言ってみれば防御兵器だ。敵の攻撃からいかに味方を守るかという兵器だ。日本軍にはまったくない発想だ。日本軍はいかに敵を攻撃するかばかりを考えて兵器を作っていた。その最たるものが戦闘機だ。やたらと長大な航続距離、素晴らしい空戦性能、それに強力な二十ミリ機銃、しかしながら防御は皆無》

兵器に思想が反映されるという話。なるほどと、深くうなづいた。

あの戦争については、本当に知るべきことは、まだまだあるなぁと改めて感じる。この本でも紹介されていたけれど、鹿児島に「知覧特攻平和会館」という資料館がある。特攻など、見ると辛いものが少なくないだろうけど、いつか鹿児島に行ったときには足を運んでみたい。戦争については、これからも継続的に学んでいこう。そして「伝えるための小説」というものも、継続的に意識していこう。読む立場でも書く立場でも。

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2013年03月02日

『世界が愛した日本』(書評2013 7/50)

今朝、こんなニュースが配信されていました。

《1985年のイラン・イラク戦争時にトルコ政府の命を受け、テヘランに取り残された200人以上の邦人を救出したトルコ航空機の元機長、オルハン・スヨルジュ氏が、2月24日にイスタンブールで死去した。死因は肺がん。87歳。トルコと親好のある和歌山県が1日、発表した。県やスヨルジュ氏の関係者によると、1926年生まれ。イラン・イラク戦争時、トルコ政府は邦人救出のため、トルコ航空機2機をテヘランに派遣。スヨルジュ氏はうち1機の機長を務めた。功績をたたえられ、2006年4月に旭日小綬章を受章した。》

トルコ航空機の機長が亡くなったという話ですが、このニュースの真相を知るには、この文面だけでは足りないので、ちょっと補足しておきます。

 実は、話の発端は1890年まで遡ります。このとき、トルコの艦船・エルトゥールル号が、皇帝の親書などをもって日本に来ていました。しかしその岐路、和歌山県の樫野崎沖を航海中に台風に遭遇。強い風と波に煽られた末、樫野崎の岩礁に激突、機関部が水蒸気爆発を起こし、587名が亡くなったのです。ただ、このとき69人の生存者がいて、この人たちを、和歌山県串本町の住民が救い、彼らは日本の軍艦でトルコへと送り届けられたのでした。
 これがエルトゥールル号事件の顛末です。この話は、あまり日本では知られることがありませんが、トルコでは今でも教科書に載っていて、国民の誰もが知る話なのです。だから、トルコの人は、みんな大変な親日家だといいます。

 そしてこのエルトゥールル号の事件から95年後の1985年、イラクの大統領であったサダム・フセインが次のような驚くべきメッセージを世界に向けて発します。
「今から48時間以降、イラン上空を飛ぶ飛行機はすべて撃ち落とす」
 このとき、世界中の国々が、イランに向けてチャーター機を飛ばすなか、日本は民間機も自衛隊機も飛ばすことができませんでした。現地の日本人は、もうダメだと思っていたそのときトルコ政府が派遣したトルコ航空が、215人の日本人を乗せて飛び立ってくれたのです。このときの機長が、今朝報道されていたオルハン・スヨルジュ氏というわけです。

 なぜ、トルコは日本人を助けたのか。某新聞などでは、日本の経済援助のお陰などと書いたようですが、これはエルトゥールル号事件恩返しであると、トルコの人は事も無さげに言ったといいます。

 このように実に感動的な話なのですが、日本では哀しいほどに知る人が少ない。僕ももっと広く知られて欲しいと思うので、一冊の本をご紹介します。それがこの『世界が愛した日本』。このエルトゥールル号の話をはじめ、日本と諸外国との感動的な交流譚を丹念に描いた一冊です。以下の七つの話しが収録されています。

・第一章 日本×トルコ
エルトゥールル号の恩返し 95年後の日本人奇跡の救出劇
・第二章 日本×ポーランド 
シベリア孤児の救済 日本外交史上異例の即断が救った小さな命
・第三章 日本×ベルギー 
10万フランの贈り物 日本の魂に応えた感謝の気持ち
・第四章 日本×ユダヤ人 
6000人の命を救った”命のビザ” 国益を超えた外交官・杉原千畝の決断
・第五章 日本×インドネシア 
植民地からの脱却 インドネシア独立を助けた日本兵 
・第六章 日本×韓国 
もう一つの昭和 日韓の架け橋となった李方子妃
・第七章 日本×ドイツ 
坂東捕虜収容所で咲いた”虜囚文化”捕虜ではなく人としての交流


今朝のトルコとの交流譚に興味をもった人は、ぜひこの本のご一読をおすすめしますよ。

posted by okataco at 17:02 | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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