2013年06月24日

『整腸力』(書評2013 17/50)

健康本には、流行の波というのが明確にあるのですが、今年注目されているのは「ガンを放置しよう」という本と、もうひとつ「腸」の本。とくに「うんち」の本が、よく出ている。

そのなかでも、この本は、うんちを研究し続ける著者のものですが、知らないうんちの話がけっこう面白い。

《私たちが排出するうんちの成分は水分がほとんどで80%を占めます。残りの20%が固形成分で、3分の1が食べ物の残りかすです。そして、残りの3分の2は腸内細菌と大腸から剥がれた腸粘膜です》

うんちというのは、全部が全部、食べ物のカスだと思っている人は多いだろうけど、さにあらず。実は、固形物においても体内の老廃物とかの方が多いのです。

《つまり全体の6〜7%が食べ物の残りかすになるわけですが、残りかすの比率が高ければ高いほど、排便する力が増えていきます。排便力をいかに増やすかは、食べ物の残りかすをどうやって大腸に送り込むかということです》

つまり腸までちゃんと残ってくれる食物繊維をたくさん取ると、排便によい影響を与えるというわけですね。
それで、この排便力というのは、やはり年々落ちていくのです。「女はたまる。男はくだる」という現象が日常化しているという指摘があったけれど、排便に関する現状は、国民全体を見てもとても悪いのだとか。
そういえば、以前「新白河原人」という、突然田舎暮らしをしたおじさんの話でも、自分がいかに健康になったのか示すエピソードとして「思わずおーいと他人を呼んで見せたくなるうんち」なんて話があったなぁ。
ま、でもうんちの良い悪いというのは、なかなか相対化できる機会がないけれど、子育てをすると、これがよくわかるのです。
1歳とか2歳の子にうんちをさせると、すんげー大きいのをボットーンとする。そしてこれがあまり臭くないうえ、便器にもつかず、またお尻にも付かない。紙でお尻を拭いてやっても、ぜんぜんうんちが付かないからビックリすんだよね。
これこそ、最高のうんちなわけで、これに比べると41歳の僕は、全然ダメだなこりゃと思い知らされるのです。よっし、俺も排便力を高めなければ。

そこで、具体的に何をすればいいのかという話になるんだけど「よいうんちは一日にしてならず」ということで、ヨーグルトなどの発酵食品や野菜の積極的摂取やウォーキングなど運動の積み重ねが肝要で、なかなか即効性のあることはないという。逆に断食をして宿便を取るなどということは、この人の論理にはないようで、日々の節制に尽きるということなんでしょうね。ま、そりゃそうか。

ま、でも、排便力を意識するというのは、健康にとって欠かせないことだろうし、そういう認識を得るためには貴重な一冊。真面目なデータが豊富な本で、そのあたり読み物としての退屈さはあるかもしれないけど、うんちと健康の関係について知るにはいい本でした。


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2013年06月17日

『料理の四面体』(書評2013 16/50)

料理雑誌『dancyu』の「このレシピ本がすごい!」という好企画で紹介されていた一冊。料理業界からすれば門外漢の著者が、自身の体験から導き出した「料理とは何ぞや」を自分の言葉で書き連ねていく心地よい本でした。

《要するに、肉から出たジュースを捨ててしまうのがもったいないから回収しよう、というのがソースづくりの基本の精神なのだ。「フランス料理の生命はソースである。ソースには何十種類も何百種類もバリエーションがあって、その奥義を究めるには何十年もの修業がいる」という言葉は、たしかにどこも間違ってはいないけれども、この言葉におそれをなす必要もまったくない。》

《ひどく複雑な料理法も、根幹はごく簡単ないくつかの要素から成り立っていて、それが順列組み合わせみたいな倍々ゲームになって無数の枝葉や末節を繁らせているのだとは考えられないだろうか。》

こういったスタンスで「料理すること」の本質に迫って行く。そのためのアプローチは民俗学であり科学であり言語学でありと、実に多彩。そしてタイトルにある料理は四面体であるという考えに至る。
その四面体を構成するのが「火、空気、油、水」。どんな料理であっても、この四面体のどこかに位置するという論理の詳細は、是非読んでみてもらいたいのですが、ボクみたいに理屈好きの料理好きはきっと面白いと思います。

こういった物事の本質を喝破するのは、やはり門外漢の人だなと改めて感じる。岡目八目というけれど、好奇心をもった外部からの知見こそが、本質を言い当てるのです。

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2013年06月08日

『舟を編む』(書評2013 15/50)

辞書編集者の主人公と、辞書に魅き込まれた人たちの物語。昨年の本屋大賞作品を遅ればせながら。

で、今年の本屋大賞だった『海賊とよばれた男』と併せて感じるのは、最近のエンタメ小説というのは、いわば「情報小説化」してるのだろうな、ということ。

どちらも最初の導引としては、辞書はどうやって作られるのか? という知識欲にあるんじゃないかな。感情の機微やトリックといったものよりも、これからの小説の現場では、「みんなの知りたいことをいかにパッケージするか」というのが、一層重視されるようになると思った。

ただ、この『舟を編む』というのは、題材にしては、辞書に関連する情報は、少な目だと思う。なかに「西行」という単語が、複数の意味を持つという話が出てくるけれど、こういった話は、取材を通して、いくつもあったはず。ただ、それが多すぎても物語としても魅力が変質してくるので、その辺りは、作者の三浦しをんさんの力量でしょうか。

最後に印象に残った一節を。

《記憶とは言葉なのだそうです。香りや味や音をきっかけに、古い記憶が呼び起こされることがありますが、それはすなわち、曖昧なまま眠っていたものを言語化するということです》

言葉にはそういう力があるよね。たしかに。

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