2013年12月25日

『辞書の仕事』(書評2013 23/50)

『広辞苑』『岩波国語辞典』など辞書の仕事に30年携わってきた元編集者の「ことばエッセイ」、とても面白くことばに興味をもっている人にお勧めしたい好著でした。

たとえばこんなことが書いてあります。

《「しあわせ」というのは幸福ばかりを表す語ではありません。「しあわせ」は「めぐりあわせ」や「なりゆき」を意味することばで、その内の「よいめぐりあわせ」が「幸」であるわけですから、「しあわせ」の全体は「仕合せ」とは書けても「幸せ」とは限定することができないのです。》

僕も長年、編集をしてきたけど、こんな初めて知るような話が色々紹介されています。

また、読者からの声に関する逸話なども紹介されているのですが、それらもちょっと深いのです。

たとえば「青森くんだりまで来た」という例文があると、青森の先生から「生徒がこの記述を読むと思うと胸が痛む」といった声が寄せられる。では、どうすればいいのか? いっそ東京の地名にしようという案も出るのですが《「くんだり」はどんな地名に付けてもよいのではない、中心から「下って行った」土地というのが意味の中核です。今風に言えば「上から目線」のことばです》と、その意味の本質を紹介して、この悩みのエピソードとしているのです。

また興味深かったのは、辞典編集者の悩みとして紹介されていたこんな一文でした。

《「四つ仮名」と呼ばれる「じぢ・ずづ」の使い分け。<中略>また「王様」は「おおさま」か「おうさま」かといった長音の仮名遣い。現代仮名遣いとはいえ、これらの判別は必ずしも自明のことと言えません。多分、辞典の利用者はそれを知るためにも辞典を引くのです。しかし、その結果の方を知らないとその項目が見出せないというのは、見出し仮名の最大の矛盾と言うべきでしょう。つまり、仮名書きでの正書法を知るための手掛かりが、そのまま仮名書きでの正書法であるという自家撞着を、多くの辞典が抱えているのです》

探したい単語がなかなか見つからないから、紙の辞書がキライという人はいると思いますが、まさにこの点こそ、辞典編集者の大きな悩みのひとつなのです。「つ」と「っ」はどっちが先か? など、ふと考えてしまうような取り決めに関しては、冒頭の凡例あたりにその辞書での決まりが載っているそうです。これはもうその辞書の決まり以外の何者でもなく、日本語のルールというわけではない。だから新しい辞書を手に入れたら、その辞書固有のルールをまず知る事が大事というのは、この本を読んで初めて知りました。

あと大事な認識として、この一文を紹介しておきます。

《辞書を手に取るまでのハードルはなるべく低くしておきたいものです。函やカバーは捨ててしまえとまでは言いませんが、はずしておいてください。辞書は書棚にかざっておくものではありませんから、大事に保護しておくよりは、開くまでに手間がかからないことを優先されるようお勧めします。できることなら、手近なところに開いた状態で寝かせておく、それがもっとも正しい辞書のホームポジションなのです。》

これは本当にそう思うなぁ。やはり辞書とジーンズは古くてボロボロのほうがカッコいいのです。

そんなわけで、具体的なエピソードを交えながらことばの奥深さをわかりやすく語ってくれる本書。辞書に対する愛情をひしひし感じるのもいいところ。『目でみることば』を楽しく読んだ方にはぜひお勧めしたいと思います。

posted by okataco at 14:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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