2013年01月07日

『八重の桜』

昨晩から始まったNHK大河ドラマ『八重の桜』。
待望の幕末〜近代のドラマだし、福島と京都が主たる舞台になることもあって、前から楽しみにしていました。そうそう、上の子が今年から小学校に上がることもあって「日曜はいっしょに大河ドラマを見るから夜更かしオッケー」というお触れを出して、子どももいっしょに家族で見ることにしました。

僕もそうなのだけど、家族で見た大河ドラマというのは、ずっと心に残っていて、歴史の授業の助けになるだけでなく、いろんな面で子どもを形作るひとつのピースになると思っています。だから、これからもできるだけいっしょに見ていこうな。

さて、そんな『八重の桜』ですが、今日発売の「週刊現代」に、ちょっと面白いことが書いてあった。この先の展開など気になる人は各人読んで欲しいのですが、僕が興味を持ったのが、脚本を担当する山本むつみさんのこんな言葉。

《「覚馬はまさに歴史に埋もれていた人物です。これだけの偉業を果たした人が、ほとんど知られていないことに驚きました。大河は歴史ドラマ。この歴史の部分を牽引するのは覚馬です。彼が時代の転換点を見つける役目を果たす」

山本覚馬というのは、八重のお兄さんですが、この人物が本当に歴史に埋もれた偉人なのですよ。ここにWikipediaのリンクを貼っておきます(「山本覚馬」)が、歴史的に重要な場面や人物との関わりが多いだけでなく、途中、視力を失うなど逸話も大変多い。

《覚馬は維新後に購入していた旧薩摩藩邸の敷地(6000坪)を学校用地として新島に譲渡》とあるけど、今の今出川校舎の土地は、覚馬があるからこそなんですね。

以前、『紅』という浅井長政の三姉妹の大河があった。あのドラマが失敗したのは、紅という三姉妹の三女に過ぎない女性を、歴史の表舞台に上げ過ぎたことだったと思う。織田信長や秀吉といった人物が、なぜそこまで紅という人物と関わりを持つのか。大河ドラマは嘘があってもいいのだけど、あまりにも荒唐無稽な嘘で、興が醒めて見なくなった。その点、この『八重の桜』にはこの覚馬がいる。《この歴史の部分を牽引するのは覚馬》というフレーズは、とても重要で、これが主役とイコールであるドラマは、なかなか難しいと僕は思う。

 歴史ドラマなので、歴史にも触れなくてはならないけれど、本当に人が見たいのは、その時代に人がどんな生活をして、どんなものを食べて、どんな恋をして、どう死んだのか。その日常にある。

 この日常のドラマと、歴史的な動きを、どう物語の中で展開させるのか。これに対するベストな答えが、日常を見せる人物と、歴史を見せる人物のダブル主役体制。夫婦であるのが、一番わかりやすけど、『八重の桜』の場合、これが兄妹になっているわけです。去年、渡辺謙が主役を演じた「吉田茂」のドラマが同じNHKであったけれど、これも歴史を動かす吉田茂が主役であったため、日常を描くという視線が乏しく面白くなかった。やはりこの「歴史」と「日常」という考えは大事だと思う。

 その点、大河ドラマにおける「歴史」と「日常」という両輪を、山本覚馬と新島八重というた二人に担わせる『八重の桜』は、かなり期待していいドラマだと思います。僕は、とても楽しみに一年かけて見るつもりです。
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2012年02月06日

「国立公文書館」に行ってきた

小平.JPGこないだ「国立公文書館」に行ってきたので、そのレポートを少し。

ここは、江戸幕府以来の古文書・古書を含む所蔵資料が引き継がれところで、一般に開放されていて誰でも見ることができる。とくに江戸城の紅葉山文庫や昌平坂学問所から引き継いだ古書・古文書が見られるので、今、江戸時代の本をずっと作っている身としては、どんなものか一度見に行きたかった。

ま、古文書レベルの字が読めるわけではないのですが、どういった形でどういったものが保存されていて、どのように見られるのか。このあたり、事務所から電車に乗ればわずか10分ほどで着くわけだからと、とある昼さがり、ちょっくら国立公文書館のある竹橋まで見学に行ってきたのです。

僕の獲物は、林子平の『海国兵談』。江戸・寛政期に出た「日本は海に囲まれていて、どこから外国船が来るかわかんないだから、ちゃんと海防意識を持たなきゃダメですよ」って書いた本ですが、幕府から「そんなことにお前ごときが口出しするな!」って、版木もろとも没収されて謹慎処分までくらったという逸話まである書物。小平は、この版木を、自分のお金で買って自分の手ですべて掘った。まさに血のにじむような努力をして本を出した。本って、昔は命をかけて出すものだった。そんな話を知ってから、一度、どういうものか見たいと思っていたのでした。

さて、公文書館ですが、竹橋から歩いて3分ほどのところにとても立派な建物としてあります。1Fで入館証をもらって、2Fにあがるとそこが閲覧室。まず端末で見たい資料を探して、それをプリントアウトして司書の方に渡して、同フロア内にある閲覧机で拝見すると。こんな流れ。全部、司書の方が説明してくださるので、やり方は簡単。あと、建物はすごく大きいですが、部屋自体は、そんなに大きなものではなく、僕が行った平日の昼間には、来ていた人も5、6人といった感じでした。

それで「海国兵談」を指定して、待つこと5分、どんな形でやってくるのかと、わくわくしている僕の前に来たのが、写真のようなもの。もちろん原本ではないのでしょうけど、かなり古いものであることはわかります。また、この公文書館、コピーしたりするのは、完全なフィルム複写などを頼まないといけないので、けっこう割高なのですが、「写真はお自由にお撮りください」とのことだったので、iPhoneを使って中もいろいろ撮っておきました。写真を自由に撮れるっていいよね。これ知っておくと、何かと便利そう。

で、「海国兵談」ですが、「天「地」「人」の三巻から構成されていて、それぞれ100Pほど(ウィキペディアには実際は16巻から成るとあるから、後の時代の版元がこの形にまとめたんですね)。図版も豊富にあって思った以上に見ていて楽しかった。そしてこの1ページ1ページを子平が実際に版木を掘って印刷していったのかと思うと、なんか感じ入るところがありましたね。普及版などで見るには絶対に味わえない感慨が得られてとてもよかった。また来よう。


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2011年12月28日

大阪の幕末史跡メモ

帰省で京都に来ています。

で、FC東京が天皇杯の準決勝まで見事に進出しまして、その試合が明日29日に大阪の長居であるので、これは是非とも駆けつけようと意気込んでいるのですが、「じゃ、ついでに大阪見物でもしてくるか」と思い立ち、ちょっと行きたいところを調べてみたので、メモ代わりにその記録を書いておきます。

ま、僕が行きたいところは、もう幕末史跡と面白い本屋と、落ち着くカフェくらいなんですけどね。そのなかでも、大阪の史跡に行ったことがないので、ざざっと調べてみたところ、やっぱり適塾に行きたいね。

適塾といえば、緒方洪庵が開いた私塾。当時、蘭学の最高峰で、大村益次郎を描いた司馬遼太郎の『花神』など、多くの作品でその詳細が描写されている。すごく狭い部屋に、塾生が雑魚寝するんですが、成績が悪いやつから順に階段の近くで寝たりするんですよね。あと、当時は、大変貴重だった『ヅーフハルマ』というオランダ語の辞書が置いてあるヅーフ部屋があったりする。こういった当時を偲ばせる部屋が保存されていて、それも見学できるんだとか。なんと管理は大阪大学がやっているんですが、阪大って、その前身がこの適塾なんですね。知らなんだ。

こちらに、そのリンクを貼っておきます。
ブログにあった詳しい記事。「オフィス街に聳える町屋  〜適塾跡」
大阪大学の適塾解説記事。

あと、この近くに大村益次郎の寓居跡があるんだね。ここも行きたい。
大村益次郎萬地跡「西区江戸堀 2−6」。
最近の史跡の楽しみ方は、2点をピックアップして、そこをその人物の気分になって歩くというもの。この場合、大村益次郎の寓居跡から、彼の気分で適塾まで歩く。これすごくいいんですよ。史跡をすごく現代的に楽しむ方法で、おすすめです。

あとは「司馬遼太郎記念館」も、行きたいね。
安藤忠雄設計で、すごい書棚があるんだよなー。ここも行きたい。

しかーし、どちらももう休館になっていて、明日、サッカーついでに行く事は叶わず。今度、春に帰省したときに行こうな俺!というのを忘れないためのメモなのでした。

タグ:歴史
posted by okataco at 19:55 | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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